転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

256 / 441
第6章ー65

 その出来事が起きたのは、翌日のことだった。

 

 別の町へと流れ着いた俺は、噴水広場に設置されたベンチに腰掛け、ぼんやりと空を見上げていた。

 

 澄み切った青空。

 

 人々の笑い声。

 

 子どもたちのはしゃぐ声。

 

 ――どれも、自分とは無関係なもののように感じられた。

 

 「……はあ」

 

 小さく、ため息がこぼれる。

 

 「これから……どうすっかな」

 

 独り言のように呟く。

 

 

 

 頭の中では、これからの生活についての考えがぐるぐると巡っていた。

 

 このまま、今のような生活を続けるのか。

 

 野宿を繰り返し、日銭を稼ぐこともなく、ただ生き延びるだけの毎日。

 

 ――そんな人生でいいのか?

 

 自分に問いかける。

 

 だが、答えは出ない。

 

 

 

 この先、何十年も続く人生。

 

 こんな生き方が続くとは、とても思えなかった。

 

 かといって、何かを変える勇気も湧かない。

 

 結局、何もできないまま――

 

 ただ、悶々とした感情だけが胸の中に積もっていく。

 

 

 

 「もし、何かお困りごとのようでしたら――」

 

 「……あん?」

 

 不意に、背後から声がかかった。

 

 視線を向けると、一人の女が立っていた。

 

 白い修道服に身を包んだ、シスターだった。

 

 

 

 「先ほどから空を見上げて、随分とお辛そうなご様子でしたので」

 

 柔らかな声音。

 

 だが、その口元にはどこか貼り付いたような笑みが浮かんでいる。

 

 「もしよろしければ、お話をお伺いしますよ?」

 

 「……」

 

 

 

 少しだけ、迷う。

 

 誰かにこの気持ちを吐き出したい――そんな衝動は、確かにあった。

 

 だが。

 

 相手がシスターというのが、どうにも引っかかる。

 

 

 

 こういう連中は、綺麗ごとばかり並べて、結局は何も解決してくれない。

 

 下手をすれば、宗教勧誘に巻き込まれる可能性だってある。

 

 正直、関わるのは面倒だった。

 

 

 

 「……別に。なんでもないっすよ」

 

 結局、そう言って視線を逸らす。

 

 

 

 「あら、そうですか?」

 

 シスターは表情を崩さない。

 

 まるで最初からそう答えられることを見越していたかのように。

 

 

 

 これ以上関わるのはまずい。

 

 そう判断した俺は、ベンチから立ち上がり、その場を離れようとした。

 

 

 

 「お待ちになって」

 

 「……なんすか。俺、忙しいんで」

 

 

 

 しかし、予想通り。

 

 背後から腕を掴まれた。

 

 

 

 振り払おうとする。

 

 だが――力が入らない。

 

 

 

 ここは人目の多い広場だ。

 

 無理に振りほどけば、周囲の視線を集める。

 

 それが、怖かった。

 

 

 

 結果として、俺は強く抵抗することができずにいた。

 

 

 

 「貴方の気持ち……よく分かります」

 

 「……は?」

 

 

 

 その一言で、思考が止まる。

 

 

 

 「酷い目に遭われて、人間不信に陥ってしまっているのでしょう?」

 

 「ッ……?!」

 

 

 

 心臓が、強く跳ねた。

 

 

 

 ――なぜ分かる?

 

 

 

 当てずっぽうか。

 

 それとも、顔に出ていたのか。

 

 どちらにせよ、その言葉はあまりにも的確だった。

 

 

 

 身体が、わずかに強張る。

 

 

 

 「大丈夫ですよ」

 

 シスターは、優しく微笑む。

 

 

 

 「私も、似たようなものですから」

 

 

 

 その言葉には、どこか奇妙な説得力があった。

 

 

 

 「もしここでは話しづらいのであれば……場所を変えましょうか」

 

 穏やかな口調で続ける。

 

 「ちょうど、落ち着いてお話しできる場所を知っていますので」

 

 

 

 「……」

 

 

 

 まずい。

 

 

 

 頭の中で警鐘が鳴る。

 

 完全に、相手のペースに飲まれている。

 

 

 

 さっきの一瞬の動揺で、向こうは確信したのだろう。

 

 俺が“そういう状態”にあると。

 

 

 

 逃げるべきだ。

 

 関わるべきじゃない。

 

 

 

 そう分かっているのに――

 

 

 

 「……分かりました」

 

 

 

 気がつけば、そう口にしていた。

 

 

 

 拒絶する力が、もう残っていなかった。

 

 

 

 シスターは満足そうに微笑み、俺の手を引く。

 

 

 

 そのまま俺は――

 

 導かれるように、広場から人目の少ない場所へと連れていかれるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。