「ふう……。大変お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません」
「あ、いや……うん。大丈夫です」
先ほどまで異様な熱を帯びていた彼女は、しばらくしてようやく我に返ったようだった。さすがに自分の振る舞いが行き過ぎていたと自覚したのか、殊勝な態度で頭を下げてくる。
その変わり身の早さに、内心では困惑が渦巻いているというのに、俺は妙に冷静に応じていた。自分でも不思議なくらい、動揺が表に出てこない。
――なぜだろうか。
おそらく、自分以上に“危うい存在”を目の当たりにしたことで、これまで抱えていた悩みや葛藤が、一時的に相対的なものとして小さく見えてしまったのかもしれない。そんな皮肉めいた冷静さが、胸の奥に広がっていた。
「こほん……。本題に戻りましょう。私がお話ししたかったのは、あなたのように社会に不満を抱く方々を救済したい、ということなのです」
「は、はあ……」
咳払い一つで空気を切り替え、彼女は何事もなかったかのように話を進める。その落差に、思わず調子が狂いそうになる。
だが、彼女の言葉そのものは、完全に的外れというわけでもなかった。
今の俺は、確かに社会に対する不満――いや、それ以上に強い不安を抱えている。魔法の才能がないという、それだけの理由であそこまで理不尽に扱われた現実は、未だに心に深く突き刺さっている。
自分が“相応しくない”存在だと言われれば、否定しきれない部分もある。だが、それでも――あのやり方は違う。
どれだけ正当性を並べたところで、人をあそこまで追い詰めていい理由にはならないはずだ。
しかも、あいつらは何の罰も受けていない。悪びれる様子すらなく、今も学園で当たり前のように日常を送っているのだろう。
それが許されていいのか。
そんな疑問と共に、胸の奥からじわじわと怒りが湧き上がってくる。あの時は「自分が悪い」と無理やり納得させていたが、今になって考えれば、むしろ理不尽を押し付けてきたのはあいつらの方ではないのか――そんな考えが、少しずつ形を持ち始めていた。
「……救済って、神に祈れば救われるって話ですか?」
とはいえ、彼女の言葉にはどうしても引っかかる点があった。
シスターという立場からすれば、結局は“信仰”に帰結するのだろう。祈れば救われる、信じれば報われる――そんな耳障りのいい言葉で人を囲い込む連中と、何が違うのか。
そういう連中が、善意を装いながら人の弱みに付け込んでいるのを、俺は嫌というほど見てきたわけではない。だが、想像するには十分すぎた。
だからこそ、どこか冷めた目で問いかける。
「ええ、その通りです。私の信仰する神に祈りを捧げれば、必ずあなたにも救いが訪れるでしょう」
「……」
やはりか。
心のどこかで期待していたものが、静かに崩れ落ちていく。
結局、この女も同じだ。親身になっているように見せかけて、最後は神を信じろと説くだけ。どこにでもいる“そういう人間”と何も変わらない。
ほんの少しでも、違う答えを持っているのではないかと期待してしまった自分が馬鹿らしく思えた。
――だが。
「ですから、あなたも祈りを捧げてみませんか?」
そこで一度言葉を区切り、彼女はゆっくりと微笑む。
「私が最も崇拝する神――魔神様に」