「ふう、これで……最後、っと」
夕方に差し掛かる頃、最後の木箱を運び終えた。
あとは教会へ戻るだけだ。
昨日の晩から、何も口にしていない。
昼過ぎから腹の虫が騒ぎ続けている。
早く、何か食べたい。
もっとも、ここ最近まともな食事など存在しない。
魔造種とは別に育てているイモと、村中からかき集めた僅かな食料で生き延びている。
だが日が経つにつれ食料は腐り、食べられるものは減っていく。
今や、イモと水だけ。
いつ栄養失調で倒れてもおかしくない。
それでも――
食べないよりはマシだ。
生きるために、少しでも口に入れなければならない。
僅かな希望に縋りながら生き延びる。
きっと助けは来る。
そう信じなければ心が折れてしまう。
そして……母のことも。
――ドサッ。
「ん?」
不意に、鈍い物音が響いた。
足を止め、音のした方へ目を向ける。
そこは、村の女性たちが隔離されている建物の一つだった。
あの建物からは、今でも時折うめき声が聞こえる。
それを耳にするたび、不快感と、どうしようもない苛立ちが胸に溜まる。
どんな拷問を受けているのか。
どんな実験をされているのか。
助けたい。
だが、今の自分には何もできない。
父なら――
父なら、きっと救えただろう。
そして母も、どこかで同じ苦しみを味わっているはずだ。
そう思うと、自分の苦痛さえまだ軽く感じてしまう。
ここで死ぬわけにはいかない。
いつか助かったとき、母の隣に立てるように。
「はあ、こいつも駄目だったか。結構イケそうだと思ったんだがな」
「これで駄目なら、この村もそろそろ潮時かもな」
魔物の声。
気づけば、自分は物陰に身を潜めていた。
二匹の魔物が、建物の裏手――ゴミ捨て場の前に立っている。
何かを捨てたようだった。
会話の内容から察するに、
“実験の失敗作”――そんな響きが脳裏をよぎる。
ゴミ捨て場には、大きな木製のゴミ箱が一つ。
こちらからは中身が見えない。
確かめたい。
だが、ここへ近づけば不審に思われる。
自分は息を殺し、二匹が立ち去るのを待った。
――数分後。
魔物たちは再び建物へ戻っていった。
周囲に他の気配はない。
「……今のうちに」
足音を立てぬよう、早足でゴミ箱へ向かう。
いつ誰が現れるかわからない。
確認したら、すぐに立ち去る。
「……ふう……」
ゴミ箱の前に立ち、深く息を吸う。
周囲をもう一度確認。誰もいない。
なぜ、ここまでして中身を見たいのか。
自分でもはっきりとはわからない。
好奇心。
背徳感。
それでも――
奴らの目的を知りたかった。
村を襲った理由。
女性たちを隔離する理由。
魔造種の正体。
ほんの僅かでも、
この地獄を覆す手がかりが欲しかった。
「……」
恐る恐る、ゴミ箱の蓋を持ち上げる。
――自分たちが助かる糸口が、そこにあるかもしれないと信じて。
「ッッッ――!!?」
蓋の下にあったのは、
無惨に捨てられた裸の女性たちの死体だった。
皮膚は腐敗し、人の色ではない。
見開かれた瞳孔。
口元と下腹部から流れ出した血。
死臭と鉄の匂いが混ざり合い、空気を支配している。
蠅が群がり、蛆が蠢く。
「う゛っ……!」
強烈な悪臭と光景が、目と鼻から脳へ突き刺さる。
吐き気が一気にこみ上げ、頭が割れるように痛む。
「……っ、……っ、……っ……」
呼吸が浅くなる。
涙が滲む。
本能は叫んでいる――逃げろ、と。
それでも。
目を逸らせない。
逸らしてしまえば、
“見なかったこと”になってしまう気がした。
そして――
そのゴミ箱の奥に。
腐敗して変色した死体の中に。
母によく似た顔をした一体が――見えてしまった。