「……んっ、んん……」
決着がついてからしばらく経ち、ようやくホープが目を覚ました。時間にして、およそ一時間弱といったところだろうか。自分たちもあの戦いでほとんどの力を使い果たし、地面に倒れ込んでいたが、徐々に体力は回復し、どうにか動ける程度には戻っていた。もっとも、もし彼があのままの状態で先に目を覚ましていたら――少々厄介な事態になっていた可能性は否めない。
「目ぇ、覚めたか?」
声をかけると、ホープはゆっくりとこちらに視線を向けた。そして次の瞬間、露骨に舌打ちを鳴らす。
「……ちっ」
あまりにも分かりやすい反応に、思わず苦笑いが浮かびそうになる。まあ、立場を考えれば当然といえば当然か。
「その拘束具、魔法を封じる効果があるんだ。だから魔法を使おうとしても無駄だぞ」
一応、状況を説明しておく。ホープの両腕には、魔力の流れを遮断する魔道具がはめられていた。これがある限り、どれだけ魔力を持っていようと発動は不可能だ。
「けっ、見りゃ分かるっつーの。その程度の対策もしてねぇなら、拘束する意味なんざねぇだろ。馬鹿にしてんじゃねぇぞ、クソガキが」
だが、返ってきたのは予想通りの悪態だった。動揺どころか、むしろ“知っていて当然だろう”とでも言いたげな態度だ。どうやら自分は、無意識のうちに相手の癇に障ることばかり口にしているらしい。そんなつもりはないのだが。
「……なあ。一つ聞いていいか?」
「ぁあ゛?」
それでも、どうしても気になっていることがあった。
「なんで、こんなことをしたんだ?」
自分の問いに、ホープは一瞬だけ目を細めた。だがすぐに、吐き捨てるように言う。
「……別に。テメーらみたいな“才能ある奴”には、才能のねぇ連中が何考えてるかなんて一生分かんねぇよ。それだけだ」
皮肉混じりの一言。それは答えというより、明確な拒絶だった。
――才能。
そういえばこいつは、先ほどから何度もその言葉を口にしている。だが自分から見れば、ホープにも十分に“力”はあるように思えた。確かに派手さはないが、使い方次第でいくらでも応用が利く魔法だ。少なくとも、無能と切り捨てられるようなものではない。
「……あんた、前に何かあったのか?」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
「ぁあ゛あ゛あ゛ん?」
睨み返される。それでも、引くつもりはなかった。
「才能があるとかないとか、それが今回のことと何の関係があるんだよ。だったら、あの集落の人たちはどうなる? 皆“才能があった”から死んでもよかったって言うのか?」
「うるせぇぇぇなぁぁぁっ!! 黙ってろって言ってんだろうが!!」
怒声が響いた。空気が一気に張り詰める。
「サ、サダメ……これ以上は……」
横からミオが止めに入るが、自分の中の苛立ちは収まらなかった。
「やれるもんならやってみろよ!」
気づけば、挑発するような言葉まで吐いていた。自分でも驚くほど、感情が高ぶっている。
「……サダメぇ?!」
ミオの焦った声が耳に入る。それでも止まらない。
「あんたは人を殺したんだぞ! それを“嫉妬でした”なんて薄っぺらい理由で済ませられるわけねぇだろうが!!」
「テメーが納得しようがしまいが、知ったこっちゃねぇよ! 分かったら手ぇ離せや!!」
いつの間にか、ホープの胸ぐらを掴んでいた。自分でも無意識の行動だった。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてサダメ!!」
ミオが慌てて引き剥がそうとするが、力が入って離れない。三者三様の思惑がぶつかり、場の空気は完全に険悪なものへと変わっていた。
「関係あるとかないとか、そういう話じゃねぇんだよ」
それでも、自分は言葉を続ける。
「俺は――お前のことを知りたいだけだ」
「……は?」
呆れたような声が返ってくる。
「キモ。正気かよ」
「ああ。本気だ」
真っ直ぐに見据える。逸らさせない。逃がさない。
その視線に耐えきれなくなったのか、ホープは顔を背け、深いため息を吐いた。
「……はあ。めんどくせぇな」
観念したように呟く。
「どっから話せばいいんだか……」
やがて、ぽつりぽつりと語り始めた。
姉を魔物に殺されたこと。魔法学園に入学したこと。そこで味わった挫折と絶望。そして――ここに至るまでの経緯。
断片的だった情報が、ようやく一つの線として繋がっていく。
話を聞いているうちに、いつの間にか時間が過ぎていた。やがてフィーが教師たちを連れて戻ってきて、事の顛末を説明することになる。
その後、ホープたちは騎士団へと引き渡され、今回の一連の事件は終息を迎えた。
――すべてが終わったはずだった。
それでもなお、胸の奥には拭いきれない何かが残っていた。
―転生勇者が死ぬまで、残り4082日。