「はあ……はあ……はあ……」
今日の任務は、ただの薬草採取のはずだった。
それなのに今、俺は必死に“何か”から逃げている。
何から逃げているのかは分からない。
“奴”が何者なのかも分からない。
分かっているのは――仲間がやられたという事実だけだ。
薬草採取の最中、四人いた仲間のうちの一人が突然何かに襲われ、重傷を負った。
異変を察知した俺たちは周囲を警戒したが、次の瞬間、別の仲間も同じように攻撃を受けて倒れた。
どこから攻撃されたのか、まるで分からない。
そして、もう一人――治癒魔法を使える女が、急いで負傷者に魔法を施そうとした、その時だった。
彼女もまた、見えない何かに襲われた。
ただ倒れただけじゃない。
服が引き裂かれ、怯えた様子で身体を震わせ、意味も分からず股を開き始めた。
その異様な光景を目にした瞬間、俺は確信した。
――“何か”が、そこにいる。
姿は見えない。だが、確実に存在している。
俺は咄嗟に、その場にいるはずの敵へ向かって殴りかかろうとした。
――だが。
直後、草むらの奥から魔物らしき遠吠えが響いた。
その音に、全身が凍りついた。
この状況で魔物? おかしい。
だが、そんな違和感を考える余裕はなかった。
恐怖で、思考が完全に止まっていた。
気づいた時には、俺はその場から逃げ出していた。
今はただ、助けを求めて隣町へ向かって走っている。
全力で走り続けて約五分。
限界を迎え、俺はその場に崩れ落ちるようにして呼吸を整えた。
「はあ……はあ……くそ……」
町まではまだ距離がある。
このままじゃ追いつかれるかもしれない。
せめて――誰か通りかかってくれれば。
「……あれは……人、か?」
視線の先に、フードを深く被った人物がこちらへ歩いてくるのが見えた。
顔は見えない。
冒険者かどうかも分からない。
だが、今は誰でもいい。
――最悪、囮にして逃げればいい。
「はあ……はあ……! す、すいません! 助けてくれませんか!?」
俺はその人物に駆け寄り、必死に声をかけた。
――次の瞬間。
「がっ?!」
突き飛ばされた。
何が起きたのか分からないまま、尻餅をつく。
「いってぇ……な、何しやが……」
怒鳴りつけようと顔を上げた、その時だった。
「よう。久しぶりだな」
「……る……って、おまえ……」
言葉が詰まる。
フードの奥から覗いた顔は――見覚えのあるものだった。
「どうした? 今日は薬草採取の依頼だったんだろ? なのに必死に逃げて、どこ行くつもりだ?」
不敵な笑みを浮かべながら、そいつは言った。
「ッ!? なんでそれを……」
知っているはずがない。
依頼の内容は、受けた者しか知らないはずだ。
こいつは――もう学園の人間じゃないのに。
「それにしても、今日はいつもの連中じゃねーんだな。あいつらはどうした?」
軽い調子で問いかけてくる。
だが、その言葉で確信した。
こいつは――全部知っている。
「……とぼけんなよ」
喉の奥から、声を絞り出す。
「お前がやったんだろ……ホープ」
ホープ。
魔法の才能もないくせに、なぜか学園に入り込んだ男。
こいつのせいで、俺たちの仲間は一人落ちた。
俺たちは五人で、同じ未来を目指していた。
それを――こいつが壊した。
「はっ。復讐か? ふざけんなよ」
怒りが込み上げる。
「才能もねー奴が夢なんか見るからだろ! 人の役に立つ? 笑わせんな! これのどこが役に立ってんだよ!」
叫び続ける俺を前にしても、ホープは微動だにしなかった。
「……ふっ」
そして、小さく笑うと――首に注射のようなものを打ち込んだ。
「お前の惨めな顔が見れて満足だ。じゃあな」
「……は?」
それだけ言い残し、背を向けて歩き出す。
何だ、それは。
ふざけるな。
「……ざけんなよ」
俺は立ち上がる。
逃げるな。
ここで終わらせてたまるか。
「ぶっ殺してやる――!」
その瞬間だった。
「深淵の虚空で万物を喰らい尽くせ――【漆黒の追放球】《ブラック・バニッシュ》」
「……は?」
直後、背後から凄まじい吸引力が発生した。
身体が強引に引き寄せられる。
「なっ……!?」
あり得ない。
こいつの魔法は、こんな威力じゃなかったはずだ。
恐る恐る振り返る。
そこには――
巨大な黒い球体が浮かんでいた。
周囲の木々が、地面ごと引き剥がされ、飲み込まれていく。
音もなく、ただ“消えていく”。
「……うそだろ……」
理解した瞬間、全身が震えた。
あれに触れたら――終わりだ。
「いやだ……やめろ……!」
身体が宙に浮く。
抗えない。
「いやだああああああああああああああああ!!」
次の瞬間、俺は黒に呑み込まれた。
肉が裂けるような激痛。
骨が砕ける感覚。
そして――
意識は、闇に消えた。