一年生としての初任務を終えてから一週間。数名の生徒は散々な目に遭ったものの、ひとまず全員が生還し、学園へ戻ってくることができた。だが――その安堵は長くは続かなかった。
「……うーむ」
事態が自分たちの想像以上に深刻であることを思い知らされたのは、理事長室でのひとときだった。いつも通り寛いでいたはずの理事長が、珍しく机に肘をつき、深く頭を抱えている。
「それ、騎士団からの事情聴取をまとめた報告書っすよね?」
「ああ。正直、受け入れがたい事実が多すぎて、整理するだけでも一苦労だよ」
理事長の手元にあるのは、今回捕縛された賊たちからの事情聴取をまとめた報告書だった。生徒側からも提出された報告と照らし合わせているらしいが、その内容は相当衝撃的なものだったようだ。
「今回の事件を引き起こしたリーダーの名は、ホープ・ステノロフ。去年、ソワレル魔法学園に在籍していた生徒だよ」
「ああ……確か、入学して一ヶ月も経たずに姿を消したっていう……」
「そうだ。彼の供述によれば、一部の生徒から任務の帰りに暴行を受けていたらしい」
「いじめ、ってことですか?」
「そうなるね。ただし、その加害側の生徒たちにも異変があった。半年後、彼らは学園に来なくなり……五人中二人が重傷、三人は死亡している」
「……じゃあ、去年の一件はそいつの仕業だったってことですか?」
「本人はそう供述している」
「はっ。見事な復讐劇だな」
皮肉を込めて吐き捨てると、理事長は苦い顔で視線を落とした。
「自分の教え子が犯罪に手を染めていたこともショックだが、それ以上に、学園内でいじめが起きていたという事実が……堪えるね」
「……」
無理もない。この学園は確かに過酷ではあるが、理事長は生徒一人ひとりを大切にしている人物だ。誰かが脱落するたびに、どこか寂しそうな表情を見せていた。その彼にとって、この事実はあまりにも重い。
しばし沈黙が落ちたが、俺は空気を変えるように話題を切り替えた。
「……それより、そのリコリスって女。修道女のフリして、とんでもないことしてやがりますね。まだ見つかってないんですか?」
「ああ。騎士団も調査を進めているようだが、現時点では有力な情報は得られていない。本人も名前以外ほとんど知らないらしく、その名前すら偽名の可能性が高い」
「まったく……カルト宗教まで絡んでるとか、笑えねぇな」
報告書に添付された写真を思い出す。どこか幼さの残る顔立ちに、あの貼りついたような笑み。その裏に潜む狂気を思うと、背筋が寒くなる。
「宗教が絡むとなると、厄介だね。彼女のように魔神アスラを崇拝している者は、少なからず存在するだろう」
「魔物を崇拝とか、正気の沙汰じゃねぇよ。あんな連中に祈りを捧げて、何になるってんだ」
「昔から、人類そのものを嫌う者は一定数いる。だからこそ、人類の滅びを望み、行動に移す者――いわゆる反人類活動《アンヒューマビティ》を行う者が現れても、不思議ではないのさ」
「……はあ。めんどくせぇな」
思わず大きくため息が漏れる。
これまで水面下で蠢いていたであろう異端者たち。その存在が、今回の事件をきっかけに表へと姿を現した。こうなった以上、無関係ではいられない。今後の任務に関わってくる可能性は高く、生徒たちの安全にも影響が出るだろう。
厄介ごとに片足どころか、すでに腰まで浸かっているような感覚に、気分が沈んでいくのを自覚する。
――この一件は、まだ終わっていない。
そんな確信だけが、重く胸に残っていた。