「……ホープさんが捕まってしまいましたか。残念ですね」
町外れにある古びた教会で、いつものように彼を待っていた私は、別口で魔薬を売っている顧客の男からその報せを受けた。ホープとその一味は、私の知る限りでも有望な駒だった。だが同時に、ここ最近は些か派手に動きすぎていたのも事実。騎士団に目を付けられていた以上、今回の結末も避けがたいものだったのだろう。本音を言えば、もう少し慎重に立ち回ってほしかったが――終わったことを嘆いても意味はない。
「そうなると、この場所にも近いうちに捜査の手が入るでしょう。今後は別の場所で取引を行いましょう」
「あ、ああ……そうだな」
「では、私はすぐに次の取引場所を確保してきます。準備が整い次第――」
踵を返し、教会を後にしようとしたその時だった。
「ま、待ってくれ!」
「……? まだ何かご用が?」
振り返ると、男はどこか落ち着きのない様子でこちらを見ている。魔薬はつい先日渡したばかりのはず。追加の取引にしては様子が妙だ。
「あ、あのさ……この前の魔薬のせいかよ、なんか……ムラムラが収まらなくてよ……これ、どうにかなんねぇかなぁって……」
荒い息遣い。異様な視線。自分の股間へと向けられた執拗な手つき。
――なるほど。
「そうですか。それはお困りですね」
私は一瞬だけ沈黙し、状況を把握した上で微笑を浮かべる。
「分かりました。私でよければ、お力になりましょう」
「ほ、本当か!? 言ったな!? 今さら無しはねぇぞ!?」
言い終わるより早く、男は興奮を露わにして距離を詰めてくる。そのまま乱暴に身体を押し倒され、背中に冷たい床の感触が広がった。
「へへ……前から思ってたんだよ。あんたみたいな綺麗なシスター、一度は抱いてみてぇってな」
衣服が乱雑に引き裂かれる音が響く。布が裂け、肌が露わになっていく。
――やはり、そういうことですか。
魔薬に精力増強の効果はない。つまり、先ほどの言い分はただの口実。最初からこの男の目的は、私の身体そのものだったのだろう。
「……」
私は抵抗しない。ただ静かに、その行為を受け入れる。
好意があるわけではない。むしろ不快ですらある。だが、彼のような末端の人間であっても、利用価値がある以上は切り捨てるべきではない。裏社会に身を置く以上、こうした存在は避けて通れない。選り好みをしていては、目的などいつまで経っても果たせないのだから。
「おら、どうだ? 気持ちいいか? 本当はこういうの、待ってたんじゃねぇのか?」
耳元で囁かれる下卑た言葉。肌を這う粗雑な手つき。
その一つ一つが、神経を逆撫でする。
(……愚か)
内心で呟きながら、私はじっと耐え続ける。だが、次第に積み重なっていく不快感は、確実に限界へと近づいていた。
やがて男は満足したのか、下卑た笑みを浮かべながら腰を浮かせる。
「そろそろいいだろ。ここからが本番だぜ――」
――その瞬間だった。
「愚かですね」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が口から零れていた。
「……は?」
男の動きが止まる。
次の瞬間、異変は訪れた。
「なっ……あ、ああ……?」
腕が――消えている。
溶けるように、音もなく、形を失っていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」
絶叫。混乱。血飛沫。
理解が追いつかないまま、男は崩れ落ちる。
「……はあ。つい、やってしまいましたね」
私はゆっくりと起き上がり、乱れた衣服を気にも留めずにため息をついた。
「ですが、仕方のないことです」
男は震えながらこちらを見上げる。恐怖に歪んだその表情が、滑稽でならない。
「よく考えれば、貴方の目的は最初から私の身体でしたね。ならば、救う必要もありません」
掌を静かに突き出す。
「私が導くべきは、あの方を信仰する者のみ。貴方のような者は――不要です」
「ま、待て……頼む……!」
懇願の声は、最後まで形にならなかった。
発動された魔法は、男の存在そのものを削り取る。
数秒後、そこにあったのは――床に残された血痕だけだった。
「……さて」
私は一瞥だけそれを確認し、視線を逸らす。
床は多少傷つくが、この教会であれば問題ない。処理さえ済ませれば、痕跡もいずれ消えるだろう。
「それよりも、服を調達しなければなりませんね」
近くにあった布切れで最低限の身なりを整え、私は隠し通路へと足を向ける。
この場所も、もう長くは使えない。
だが、それでも構わない。
――すべては、あの方の復活のために。
私は何も躊躇わないのだから。