「マヒロちゃん、ここ間違ってるよ」
「おろ?」
「あとこことここ。それと、こっちも違うよ」
「おろろ?」
「……マヒロちゃん。さっき教えたところ、全部間違えてるよ?」
「おろろろろろろ?!」
図書室の隅。自分達はテーブルを挟み、二対三で向かい合う形で座り、それぞれ勉強に取り組んでいた。
向かいにはマヒロとフィー。だが、その様子は「勉強」というより、完全に「奮闘」だ。フィーに教えられているマヒロは、絶賛、数学に打ちのめされている最中である。
傍から見ていても、これはかなり骨が折れる。というか、もはや戦いに近い。
それでも根気強く教え続けているフィーの姿を見ると、どれだけ彼女が優しいのかがよく分かる。なにせ、既に一時間以上経過しているにも関わらず、進捗はほぼゼロなのだから。
……想像以上に厄介な事態だな。
「うぅ……すまぬでござる、フィー殿。やはり拙者、計算は得意ではござらん。式を見るだけで目が回りそうでござる……」
「だ、大丈夫だよ! まだ時間はあるし、まずは目が回らないように数式に慣れていこう!」
「……」
自分の課題に集中しようとしても、どうしても耳に入ってくる会話が気になってしまう。内容があまりにも異次元すぎて、集中力が削がれるのだ。
この調子で、本当に試験は大丈夫なのだろうか。
「マヒロちゃんって、そんなに数学苦手なんだ?」
横で机に突っ伏していたギリスケが、やる気のない声で会話に混ざる。
こいつはこいつで問題だ。自分が来た時からずっとこの調子で、勉強している様子がまるでない。人の心配をする前に、自分の成績を心配した方がいいだろうに。中間試験では、自分より下だったはずだ。
ちなみに、このメンバーの成績順は、フィー、ミオ、自分、ギリスケ、マヒロといったところだ。……とはいえ、自分とミオの間にもそれなりの差はあるのだが。
「うむ。拙者、これまで剣術の修行以外、まともに学んだことがないのでござる。ゆえに学問の知識がほとんどなく、この学園の授業は知らぬことばかり。脳が爆発しそうでござるよ。恥ずかしながら、文字も多少は読めるが、教材の内容が所々読めぬのでござる」
「えっ?! そうだったの? それなら言ってくれれば、分からないところ教えてあげたのに」
「すまぬ、ミオ。周りが皆読めている中で、拙者だけ読めぬというのも妙でござろう? ゆえに、なかなか言い出せなかったのでござる」
「マヒロ……」
どうやら彼女の育ちは、かなり偏っているらしい。剣の道に全てを捧げてきた分、それ以外の基礎が抜け落ちている。
その事実に、思わず同情してしまった。
普通の家庭なら、読み書きや計算くらいは教わるものだ。だが、すべての環境がそうとは限らない――改めてそう思い知らされる。
「マヒロちゃん! 私、マヒロちゃんのために頑張る! だから一緒に頑張って、試験乗り越えよう!」
「フィー殿!? うむ! このマヒロ・トーエン、フィー殿の努力に報いるため、命に代えても筆記試験を乗り越えてみせるでござる!!」
「マヒロちゃん!!」
「フィー殿!!」
――そして、なぜか抱き合う二人。
さっきまで数学に苦しんでいたとは思えないほどの熱量だ。
……まあ、やる気があるのはいいことだ。
この勢いが、少しでも成績に反映されればいいのだが。
「あれ? でも中間試験の時はどうしてたの? 赤点はギリギリ回避してたよね?」
ミオがふと思い出したように問いかける。
確かに、それは気になる。ここまで壊滅的なら、中間試験はどうやって乗り切ったのか。
「ぬ? それは、これを使ったからでござる!」
そう言ってマヒロが懐から取り出したのは――一本の鉛筆だった。
六角形の軸に、一から六までの数字が振られている。
「……これってまさか……」
嫌な予感しかしない。
まさか――転がして答えを決める、あの最終手段ではないだろうな。
言うまでもなく、数学は選択式ではない。式を立てて計算しなければ解けない。
それを、この鉛筆一本で?
しかも数字は一から六まで。ゼロも、七以上も出ない。
そんなもので乗り切れるはずが――
「ふっふっふ。これは拙者の秘密兵器――【秘刀・六式】にござる。これを使えば、いかなる難問も一撃必殺……って、どうしたのでござる?」
「「「……」」」
『……マヒロちゃん。それはさすがにないよ』
「ほえ?」
得意げに語るマヒロを前に、場の空気は一瞬で冷え切った。
さっきまであれほど熱く抱き合っていたフィーですら、完全に引いている。
――転生勇者が死ぬまで、残り3992日