「ここからでは見えづらいかもしれないが、ゴール地点はこのまま真っ直ぐ進んだ先に設置してある。各自、そこを目指して走ってくれたまえ」
リーフさんは、目の前に広がる変貌した街並みを指し示しながら、淡々と説明を続ける。だが、つい先ほどまで何もなかった野原が、わずか数十秒で都市へと変わったという現実に、こちらの思考はまだ追いついていなかった。あまりにも突飛な光景に、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすしかない。
そんなこちらの様子など意に介した様子もなく、リーフさんは話を進めていく。仕掛け人とはいえ、この状況で平然と説明を続けられるその神経には、ある意味で感心すら覚えた。
「これで大まかな説明は以上だが……ここまでで何か質問はあるかな?」
わずかに間を置き、リーフさんは周囲を見渡す。しかし、生徒たちは依然として現実を受け止めきれていない様子で、すぐに手を挙げる者はいなかった。置いてけぼりにされたような感覚だけが、じわじわと胸の内に広がっていく。
「なら、拙者から一つ、よろしいでござるか?」
そんな中で、ただ一人、マヒロだけが迷いなく手を挙げた。リーフさんは短く「うむ」と頷き、発言を許可する。
「拙者たちは逃げ切れば勝ちとのことでござるが、もし逃げ切れそうにない場合、戦闘を行ってもよいのでござろうか?」
「そうだね。戦闘自体は許可しよう。ただし、戦闘中であっても一度でも身体に触れられた時点で失格だ。その点はよく理解しておいてほしい。もちろん、殺傷行為は禁止だ」
「承知した。ご説明、感謝いたす」
マヒロは納得した様子で頷き、手を下ろした。彼女が気にしていたのは、あくまで“戦う選択肢”の有無だったらしい。確かに、ただ逃げるだけでは追いつかれた時点で終わりだ。状況によっては、迎撃や牽制を織り交ぜる必要も出てくるだろう。つまり、この試験は単なる逃走ではなく、状況判断や戦術も問われるということだ。
「ついでに補足しておこう。教師陣は魔力探知と脱兎跳躍《ラジャスト》の使用を禁止とする。それから、会話を行う際にはこれを装着してもらう」
そう言って、リーフさんは懐から見慣れない器具を取り出した。
「? それは何でござる?」
マヒロが首を傾げると、リーフさんはそれを軽く掲げて説明を続ける。
「これは“ヘッドセット”と呼ばれるものだ。簡単に言えば、拡声器の小型版だね。頭部に装着し、このマイクに向かって話すことで、離れた場所にいる相手にも声を届けることができる。携帯しやすくしたマイクだと思ってくれて構わない」
その形状は、前世で見たコールセンターの職員が使用していたものと酷似していた。おそらくはソンジさんの技術による製品なのだろう。これを装着させることで、教師側は発声のたびに位置を露呈しやすくなる。さらに魔力探知も禁止されているとなれば、隠密行動を取る側にとっては大きな利点となるはずだ。
加えて、脱兎跳躍《ラジャスト》の使用禁止も見逃せない。あの機動力を封じられる以上、教師陣の追跡能力は確実に制限される。つまり、発見されても一瞬で詰められるという最悪の事態は回避できる可能性があるということだ。逃走の余地は、十分に残されている。
「それと、開始時には教師陣は三十秒間、その場から動かない。加えて目隠しも行う。その間に、君たちは隠れるなり、少しでもゴールへ近づくなり、自由に行動してくれて構わない。……これで説明は以上だ。他に質問はあるかな?」
「……」
周囲を見渡しても、もはや手を挙げる者はいなかった。与えられた情報を各自が頭の中で整理しているのだろう。
「うむ、なさそうだね。それでは――これより実技試験、第一試合を開始する」
リーフさんの宣言と同時に、いつの間にか設置されていた装置へと視線が集まる。
「組み合わせの抽選は、この魔晶映像機《マジリスタルビデオ》を用いて行う。ここに名前が表示された者は、試験会場へ移動すること。他の者は別途用意する観戦場所で待機してもらう。それでは――一回目の抽選を始めるよ」
静まり返った空気の中、装置が淡く光を帯びる。いよいよ実技試験が始まるのだ。胸の奥で鼓動が強くなるのを感じながら、表示される名前を固唾を呑んで見守った。