『一組目、準備はできたかな? ――それでは、第一試合を開始する!』
リーフさんの合図とともに、実技試験第一試合の幕が切って落とされた。
あれから三十分後。自分たち、第一試合に選ばれなかった生徒は、リーフさんが用意した観戦用の部屋で試合の様子を見守っていた。室内には映画館のスクリーンを思わせる巨大な魔晶映像機が設置されており、そこには一組目の生徒たちの姿が鮮明に映し出されている。残念ながら音声までは拾えないようだが、映像だけでも十分に状況は把握できた。
開始と同時に、彼らは建物のある方向へと駆け出し、そのまま陰へと身を潜める。互いに何かを話し合っている様子からして、作戦を練っているのだろう。おそらくは、建物を利用して身を隠しながらゴールを目指す――いわゆる定石の戦法だ。無難ではあるが、状況を考えれば妥当な判断と言える。
「……相手は、ライラック先生か」
画面の端に映る鬼役の姿を見て、思わず呟く。トービス・ライラック先生――入学当初、何度か世話になった銀髪の教師だ。説教を受けた記憶もあり、正直なところ少し苦手意識はある。しかし、授業中は無茶をさせることなく、生徒の安全に気を配る姿勢が印象的で、根は面倒見の良い人物なのだと、今では理解している。
とはいえ、だからといって油断できる相手ではない。むしろ、どのような魔法を使ってくるのか分からない分、厄介とも言える。
基本的に、教師たちが本気で魔法を使う場面はそう多くない。自分がこれまでに見たことがあるのは、リーフさんとオーヴェン先生くらいのものだ。だからこそ、この実技試験は、生徒の実力だけでなく、教師陣の力量を垣間見ることができる貴重な機会でもあった。
「はあ……はあ……とりあえず、このままゴールに向かうか?」
「お、おう……そうだな」
試験開始からおよそ三十秒。鬼役であるライラック先生が動き出すまでの猶予は、もうほとんど残されていない。開始直後に建物の陰へと身を隠していた俺たちは、そのままゴールへ向けて走り出した。
戦闘も許可されているとはいえ、相手は教師だ。真正面からぶつかるなど、あまりにも分が悪い。それに、一度でも身体に触れられれば即失格というルールもある以上、リスクを冒す意味は薄い。ならば、できるだけ接触を避け、最短でゴールを目指すのが最善だろう。
『よし、三十秒経過だ。――それじゃあ、行かせてもらうよ!』
「――っ!?」
背後から聞こえてきた声に、思わず肩が跳ねる。ハンデの時間は、あまりにもあっけなく終わった。振り返らずとも分かる。追跡が、始まったのだ。
ゴールまでは、まだ相当な距離がある。開始直後に建物へ隠れたことで、わずかながら時間をロスしてしまったのは否めない。だが、開けた場所を一直線に走るのはあまりにも危険だ。脱兎跳躍《ラジャスト》が使えないとはいえ、どんな魔法で距離を詰めてくるか分からない以上、安易な選択は命取りになりかねない。
――ならば、やるべきことは一つ。
建物を利用し、視線を切りながら逃げる。多少遠回りになろうとも、生存率を優先するべきだ。
「……」
もし見つかったとしても、最悪は同行者を囮にすればいい。
胸の奥で、冷たい考えがよぎる。
――どんな手を使ってでも、この試験は突破する。
筆記試験はなんとか乗り越えた。ここまで来て不合格など、冗談ではない。せっかく掴みかけている夏休みを、みすみす手放すつもりはなかった。
『空を翔る友よ――我に力を貸せ』
そのとき、不意に詠唱が響いた。
「……っ?」
思わず足を止めそうになる。だが、振り返ってもライラック先生の姿は見えない。声の方向からして、まだスタート地点付近にいるはずだが――この距離で詠唱? 一体、何を仕掛けてくるつもりだ。
そして、次の瞬間――
『【緋翔の大鷹《レッド・ホーク》】』