ライラック先生の魔法が発動した。どのような効果を持つのかは分からないが、今は立ち止まって考えている余裕などない。とにかくゴールへ――それだけを意識して、ひたすら前へと足を運ぶ。
「……なあ、アレって、なんだ?」
「……あん?」
不意に、隣を走っていた仲間が空を見上げて足を緩めた。その視線を追うように自分も上を見上げる。すると、建物の屋上よりもさらに高い位置を、一羽の鳥が悠然と飛んでいるのが目に入った。
だが、すぐに違和感が胸をよぎる。
――この場所に、生き物がいるはずがない。
もともとここはただの野原であり、試験用に変貌させられた空間だ。授業で聞いた話では、この学園は目に見えない特殊な結界に覆われており、野生動物や魔物の侵入を防ぐと同時に、外部からの魔法すら遮断する仕組みになっているという。つまり、自然に鳥が入り込む余地などないはずだ。
そう考えた瞬間、胸の中の違和感が確信へと変わる。
「……まさか、アレって使い魔か?」
「なにっ!?」
言葉にした途端、全てが繋がった。あの鳥は野生ではない。ライラック先生が召喚した使い魔――先ほどの詠唱は、そのための魔法だったのだ。
「ってことはマズいぞ。上から俺たちを探してるってことだろ?」
「ば、ばか、落ち着けって。仮に見つかったとしても、こっちはスタート地点からかなり距離を稼いでる。脱兎跳躍も使えないんだ。見つけたところで追いつかれるはずがないだろ」
「そ、そうか……」
仲間の言葉に、わずかな安堵が生まれる。確かに、ここまでの距離を考えれば、簡単に追いつかれるとは思えない。使い魔で位置を把握されたとしても、それだけで即座に捕まるわけではない――そう自分に言い聞かせる。
「ほら、立ち止まってる暇はねえ。少しでもゴールに近づくぞ。距離を詰められなければ、向こうは手出しできないはずだ」
「お、おう」
再び走り出す。使い魔の存在に一瞬怯んだものの、冷静に考えればまだ優位は保っている。スタート地点からはすでに半分ほど進んでいる。今さら見つかったところで、大きな問題にはならない――
そう思った、その直後だった。
「ピーヒョロロロロ!」
鋭い鳴き声が、空を切り裂く。
『おっ、見つけてくれたか。いいね――それじゃあ、足止め頼むよ!』
「なっ……!?」
使い魔がこちらを発見した合図を送り、次の瞬間、一直線にこちらへと向かって急旋回した。そのまま凄まじい速度で急降下を開始する。距離は一瞬で詰まり、逃げる暇すら与えられない。
「ひ、ひいいいいっ!?」
「あっ、おい!? 先に逃げんなって……!」
「うわあっ!?」
仲間は完全にパニックに陥り、悲鳴を上げながら全力で走り出した。もはやこちらのことなど眼中にない様子だ。自分も慌てて後を追おうとするが、その瞬間――
凄まじい風圧が襲いかかってきた。
「ぐっ……!?」
前へ進もうとしても、身体が押し戻される。まるで暴風に正面から立ち向かっているかのようだ。足が地面から浮きそうになり、思うように踏ん張ることすらできない。仲間に至っては完全にバランスを崩し、立っていることさえ困難な状態に陥っていた。
「ピーヒョロロロロ!」
鳴き声とともに、巨大な影が目の前に降り立つ。
「くっ……!」
そこにいたのは、もはや“鳥”という言葉では収まらない存在だった。鷹の姿をしてはいるが、その体躯は明らかに規格外。まるで自分たちを餌として見下ろしているかのような鋭い視線が、全身を貫く。
その圧倒的な威圧感に、呼吸すら乱れる。
さすがに本当に捕食されることはないだろう。しかし、この距離で逃げ出そうものなら、即座に襲いかかってくるのは明白だった。
「……お、終わった……」
誰かが力なく呟く。
その言葉が、やけに現実味を帯びて胸に突き刺さる。
――詰みだ。
そう理解した瞬間、身体から力が抜けていくのを感じた。