「それでは第三試合――開始!」
十分ほどの休息を挟み、ついに試合が始まった。ライラック師範が動き出すまでの猶予は三十秒。先ほどの試合でその実力は嫌というほど見せつけられている。特に、あの使い魔――一度捕捉されれば、逃げ切るのは極めて困難。であれば、結論は一つ。
――追いつかれる前に決着をつける。
『マヒロちゃん、これからどうする?』
「安心めされよ、フィー殿。拙者の背に乗ってくだされ!」
『えっ? う、うん……!』
時間をかけて説明している余裕はない。そう判断した拙者は、フィー殿に背中へ乗るよう促した。理由を問うことなく従ってくれるあたり、彼女の信頼が伝わってくる。ならば、その期待に応えねばなるまい。
「行くでござるよ、フィー殿。しっかり捕まっているでござるよ!」
『オ、オッケー……!』
念を押すと同時に、フィー殿がしっかりとしがみつくのを確認する。これで準備は万端。残り時間は二十秒――一瞬たりとも無駄にはできない。
「抜刀――鳴雷《なるいかづち》!」
刀を引き抜いた瞬間、髪と瞳が金色へと変化する。鳴雷――妖刀・魔妖の中でも最速を誇る力。この瞬発力と機動力こそが、今この場を突破するための切り札。
「はあっ!!」
『ふぃーーーーー!?』
次の瞬間、拙者の身体は雷光の如く地を駆けた。視界が一気に流れ、景色が線のように引き延ばされていく。残り十秒。この速度であれば、少なくとも半分以上は距離を稼げるはず。
「フィー殿。拙者はこのまま走りに集中するゆえ、追手が来たら知らせてほしいでござる」
『い、いいけど……こんな速さじゃ、私もあんまり周り見てる余裕ないかも……うっぷ……』
フィー殿の声に、わずかな異変を感じる。どうやら速度が想定以上に負担になっているようだ。確かに、この加速は常人には厳しい。だが――
(……ここで緩めるわけにはいかぬ)
合格を掴むためには、この一手が最適解。そう信じるしかない。
『三十秒経過……って、結構先まで来ちゃってるね。これは……ちょっと焦るかも』
『く、来るよ、マヒロちゃん!?』
「……!」
ついに三十秒が経過し、ライラック師範が動き出す。だが、こちらも予定通りだ。ゴールまで残り半分――このまま押し切れば、あと十秒もかからず到達できる。
勝機は、ある。
『いやー……これはさすがに本気を出さないとまずいな。空を翔る友よ、私に力を貸してくれ――【緋翔の大鷹《レッド・ホーク》】』
詠唱が聞こえる。
だが、それでも拙者は確信していた。
――この勝負、もらった。
『大鷹《ホーク》、全力でいこうか』
「……ふえっ?」
『えっ?!』
――その確信は、次の瞬間、音もなく崩れ去った。
ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ、背後を振り返った。それだけだった。
だが、その刹那の隙が、致命的だった。
さきほどまで、確かにライラック師範の傍らにいたはずの大鷹の姿が、忽然と消えていたのだ。
(……いない?)
視界を巡らせる。上空か、それとも建物の陰か――そのどちらかだと思った。しかし、どこにもその巨体は見当たらない。
あり得ない。あれほどの大きさを持つ存在が、こうも簡単に視界から消えるなど――
その疑問が答えに辿り着くよりも、早く。
「ピーヒョロロロロ」
不意に、正面から鋭い鳴き声が響いた。