初めて目の当たりにする光景だった。私の使役魔法の中でも最強クラスに位置する使い魔――《緋翔の大鷹(レッド・ホーク)》が、明確に“恐怖”という感情を抱いている。
しかも、その相手は齢十六の少女に過ぎない。
大鷹《ホーク》は圧倒的な性能を誇るがゆえに、性格もまた豪胆そのものだ。自身よりも遥かに巨体な魔物を相手取ろうとも、一切臆することなく立ち向かう。むしろ、戦いそのものを楽しむような気質すら持っている。
そんな彼が、初めて見せた畏怖の色。
おそらくは本能だろう。彼女から発せられる“殺意”を、野生の勘で即座に察知したに違いない。
(……それにしても)
思わず、息を呑む。
遠く離れているはずの私ですら、その殺気に触れた瞬間、背筋に冷たいものが走る。視界の先にいる少女――マヒロ・トーエン。その小柄な身体から放たれているとは思えないほど、濃密で鋭い圧力。
ただの学生が持ち得るものではない。
(どれほどの修羅場を潜れば、あそこまでの“気”を纏えるのか……)
彼女の素性については詳しく知らない。だが一つだけ確信できるのは、あの殺気が“作り物”ではないということだ。実戦を幾度も経験した者だけが持つ、研ぎ澄まされた本物の気配。
並の生徒とは、一線を画している。
『大鷹、大丈夫か?!』
はっと我に返り、ヘッドセット越しに声を掛ける。まず優先すべきは使い魔の状態確認だ。初めて味わう恐怖によって、戦意を喪失している可能性もある。
その場合は、無理をさせず一度退かせるべきだろう。
「ピッ?! ピーヒョロロロロ!!」
だが、返ってきたのは予想に反した力強い鳴き声だった。先ほどまで見せていた萎縮の様子は消え、むしろ戦意を取り戻したかのように翼を震わせている。
(……よかった。問題はなさそうだな)
胸を撫で下ろす。
『……さて』
次に考えるべきは、この状況の打開策だ。
マヒロに足止めされたことで、ミッドブルー君を逃してしまった。とはいえ、今この瞬間、彼女から意識を逸らすわけにはいかない。あの殺気を前にして不用意な行動を取れば、何が起こるか分からないからだ。
かといって、新たな使い魔を召喚するのも得策ではない。大鷹の召喚はそれなりに魔力を消費する。試験はまだ続く以上、無駄な消耗は避けたい。
それに――
(彼女、戦うつもりだな)
マヒロの構えと気配から、それは明らかだった。逃げるのではなく、あえて立ちはだかる。その意志は揺るがない。
これは試験だ。
ただ追い詰めるだけでは意味がない。壁を提示し、それをどう乗り越えるかを見極める――それもまた教師としての役目だろう。
ならば。
ここは、彼女の挑戦を受けてやるのが筋というものだ。
(この距離なら、私が動けばゴールまでは一秒足らず……)
つまり、最悪でもミッドブルー君のフォローは間に合う。
ならば、選択は一つ。
『……よし。大鷹、殺さない程度に彼女の相手をしてやれ!』
「ッ!? ピエ―――――――――――――――――――!!!!」
指示を出した瞬間、大鷹は大きく翼を広げ、空気を震わせるほどの咆哮を上げた。先ほどまでの恐れはどこへやら、その姿はまさしく“空の王者”のそれへと戻っている。
(……完全復活、か)
わずかに口元が緩む。
あとは、彼女がどう動くかだ。
大鷹の武器は、何も速度だけではない。翼から巻き起こす暴風、そして口から放たれる高密度の風魔法。それらは熟練の魔法使いでさえ容易には対処できない威力を誇る。
私の知る限り、この大鷹は未だかつて敗北を喫したことがない。
――完全無敗の王。
その称号に相応しい存在だ。
そんな相手に対して、あの少女がどのように立ち回るのか。
その一挙手一投足から、目が離せなかった。