「ピ、ピィィィ……」
斬り裂かれた大鷹の腹部から、じゅう、と焼け焦げるような黒煙が立ち昇る。
掠れた鳴き声を漏らしながら、その巨体は力なく落下していった。
あれほどの致命傷を受けたのだ。さしもの空の王者といえど、もはや戦う力は残っておるまい。
「……うっ!?」
だが、限界なのは拙者も同じでござった。
全身から力が抜けていく。腕も脚も鉛のように重く、呼吸ひとつするだけで肺が焼けるように痛む。
正直、もう指一本動かすのも辛い。
拙者もまた、大鷹と同じように空中で力尽き、そのまま地上へと落下していく。
「……」
――しまった。
着地するための体力すら、残しておらぬ。
この高さから無防備に落ちれば、ただでは済まぬ。下手をすれば、そのまま死ぬ。
どうする。
もう一度、水龍で建物へと掴まるか?
だが、戦いの最中でかなり移動してしまったせいで、周囲の建物までは距離がある。今の状態では、水龍を届かせるだけの力も精度も残っておらぬ。
ならば鎌鼬か?
風圧で軌道を変えられれば――
「……いや」
無理でござるな。
もはや刀を振る力すら残っておらぬ。全力の斬撃など、夢のまた夢。
他に手は?
考える。
必死に考える。
だが、浮かばぬ。
今の拙者にできることなど、ほとんど残されてはいない。
つまり――
助かる術は、ない。
「……ここまで、でござるか」
不思議と恐怖はなかった。
やれることは、すべてやった。
死力を尽くし、最後まで戦い抜いた。
それに――
久方ぶりに、胸が震えるほど面白い戦いでござった。
「……スゥゥ」
静かに息を吐く。
武士たるもの、死ぬ時は潔く。
未練を抱えて往生際悪く足掻くなど、無様でござる。
そう、自分に言い聞かせる。
「……ピ、ピィ……」
ゆっくりと目を閉じる。
雑念を捨てるため、心を無にしようとする。
余計なことは考えてはいけない。
ただ静かに、終わりを受け入れる。
――そのはずだった。
「……」
だが、消えぬ。
何度雑念を払おうとしても、脳裏に皆の顔が浮かんでくる。
剣を教えてくれた師範。
同じ学び舎で過ごした級友達。
ギリスケ殿。
ソンジ殿。
フィー殿。
ミオ。
サダメ。
皆の笑顔が、次々と脳裏に映る。
「……っ」
気づけば、涙が零れていた。
どうしても、消えてくれぬ。
「……拙者も、皆と海に行きたいでござるな」
ぽつりと、本音が漏れる。
結局、目を閉じ続けることはできなかった。
やはり――
拙者は、生きたい。
皆ともっと笑いたい。
もっと思い出を作りたい。
一緒に卒業したい。
まだ、やりたいことが山ほどある。
だから――
「ここで、死ぬわけには……」
「ピエェェェ――!!」
「ッ!?」
その瞬間。
下方から、聞き覚えのある鳴き声が響いた。
大鷹――?
なぜ、今さら。
「ピエェェェェェ――――!!!!」
「ぬおっ!?」
直後。
何か巨大なものが下から急上昇し、そのまま拙者へとぶつかってきた。
衝撃。
そして、全身を包み込む柔らかな感触。
ふさふさとした羽毛。
この感触は――
「ッ!? まさか、おぬし……!」
目を見開く。
そこにいたのは、片翼を失ったはずの大鷹。
飛べるはずがない。
ならば、風魔法で無理やり浮上してきたというのか。
拙者に止めを刺すため――
いや、違う。
「……助けに、来たのでござるか?」
「ピ、ピィィ……」
弱々しく鳴きながら、大鷹は残された力を振り絞るように風を操る。
その風が、落下の勢いを和らげていく。
「うおおっ!?」
一度ふわりと浮き上がった後、再び降下。
だが、先ほどまでとは違う。
速度が、明らかに落ちている。
やがて――
大鷹は拙者を背に乗せたまま、ゆっくりと地面へ降り立った。
こうして拙者は、大鷹に命を救われる形で生還を果たしたのでござる。