拙者は驚きのあまり、思わず目を丸くしていた。
すでに逃げ切ったものと思っていた人物が、こうして目の前に現れたのでござるから。
『いやー、危ない危ない。もう少し遅れてたら、マヒロちゃん捕まっちゃうところだったよー』
「……フィー殿。何故こんな所に?」
『何故って、決まってるじゃん』
フィー殿は、さも当然のように笑う。
『マヒロちゃんを助けるためだよー』
「拙者の……ため?」
『そそ。マヒロちゃんがヤバそうになったら助けに入ろうと思って、ずっと建物の裏に隠れてたの』
そう言いながら、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
『……とは言っても、途中から空の上で戦い始めちゃったから、流石に助けに行けなかったけどね』
「……」
つまり。
フィー殿は、あの後もずっと近くで待機していてくれたのでござるか。
拙者の邪魔にならぬよう、身を潜めながら。
『……ふっ。なるほど』
拙者達の会話を聞いていたライラック師範が、小さく笑みを零した。
『話を聞く限り、事前に打ち合わせしていた訳ではなさそうだね』
どうやら師範は、拙者達が示し合わせていたのではと疑っていたらしい。
『まあねー。先生って魔力感知は使えないでしょ? だから気配遮断の魔法を使えば、隠れるくらいチョチョイのチョイなんですよー。イェイ!』
フィー殿は得意げにピースサインを向けながら、片目をぱちりと閉じる。
まったく。
ここまで先を読んでおったとは、恐れ入るでござるな。
『よーし、じゃあ急ごうマヒロちゃん。んっしょっと!』
「お、おお……かたじけないでござる、フィー殿」
フィー殿はスキップ混じりに駆け寄ってくると、そのまま拙者の肩を担ぎ上げた。
しかし、拙者よりも小柄な身でござる。流石に重そうで、足取りも少々ふらついている。
その姿を見ていると、申し訳なさで胸が痛む。
『私の拘束魔法、一分くらいしか保たないからねー。先生が復活する前にゴールしないと――ととっ!』
「お、かたじけぬフィー殿!」
危なっかしく体勢を立て直すフィー殿。
失礼ながら、その必死な姿がどこか愛らしく見えてしまった。
無論、口に出す勇気などござらぬが。
「……拙者が言うのもなんでござるが、本当に大丈夫でござるか?」
流石に見ていられず、心配の声を掛ける。
無理をして共倒れになってしまっては意味がない。
最悪、拙者を置いて先に逃げてもらうべきか――そんな考えすら頭をよぎる。
『だーいじょうぶ、ダイジョーブ』
フィー殿は息を切らしながらも、にへらと笑った。
『マヒロちゃん、すっごく頑張ってたし。皆で海にも行きたいしね』
「……うむ」
やはり、フィー殿も同じ気持ちだったのでござるな。
皆で合格し、皆で思い出を作りたい。
その想いは、拙者だけではなかった。
『それに――』
「それに?」
フィー殿は少しだけ足を止める。
そして、照れ臭そうに笑いながら――
『一番乗りは、やっぱりマヒロちゃんじゃなきゃ!』
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間。
拙者の脳裏に、試験前に自分が口にしていた言葉が蘇る。
――誰よりも先にゴールしてみせる。
あの時の、拙者の宣言。
まさか。
フィー殿は、それを覚えていて――
「……敵わぬでござるな、フィー殿には」
自然と、笑みが零れた。
強さだけではない。
優しさも、気遣いも、仲間を想う心も。
きっと拙者は、まだまだ未熟なのでござろう。
だからこそ――
この者達と共に歩みたいと思える。
夕陽に染まる道を、拙者達は肩を支え合いながら進んでいく。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
笑い合いながら、終着点へ向かって。