拘束されてから約一分後。
私の両腕を縛っていた雷の拘束魔法が、ふっと霧散した。
どうやら、彼女の言っていた通り制限時間を迎えたらしい。
『……』
ようやく自由になったものの、私はすぐには動かなかった。
その場に立ったまま、肩を並べて歩いていく二人の背中を静かに見つめる。
――いや。
正確には、“どうやって追いつくか”を考えていた。
私が使役する使い魔の中でも、最速にして最強。
空戦能力、瞬発力、制圧力、そのどれを取っても頭一つ抜けている、まさに切り札と呼ぶべき存在だ。
その大鷹が――一人の少女に敗れた。
もちろん、使い魔は死んでも主人が生きている限り再召喚できる。
だが、負傷の度合いによって回復時間は変わる。今回のような重傷なら、最低でも半日は必要だろう。恐らく、一日では済まない。
つまり、現時点で大鷹は使えない。
他にも速度に優れた使い魔はいる。
【
しかし――
彼女達とゴール地点との距離は、残り五十メートルほど。
一方の私は、ここから三百メートル近く離れている。
今から召喚し、全速力で追わせたとしても、間に合う可能性は極めて低い。
『……はあ。これは、私の負けかな』
観念したように、小さく息を吐く。
私は頭に着けていたヘッドセットを外した。
もう彼女達へ指示を飛ばす必要もない。
それに――これ以上、弱音を聞かれたくもなかった。
「ほんっと、あと少しだったんだけどなぁ……」
遠ざかっていく二人の背中を眺めながら、一人反省会を始める。
序盤は悪くなかった。
大鷹《ホーク》がいる。
そう思っていたからこそ、正直なんとかなると高を括っていた部分もある。
だが。
マヒロ・トーエン。
あの少女だけは、完全に想定外だった。
戦闘能力。
判断力。
そして、あの異様なまでの存在感。
本人はどこか自分を過小評価しているように見えたが、はっきり言って――恐ろしかった。
特に、あの時の殺気。
あれは尋常ではない。
獰猛な獣の威圧とも違う。
ましてや激情に任せた暴力でもない。
あれは――“人を斬る覚悟”を知っている者の殺気だ。
衝動的な殺人犯とも、快楽殺人鬼とも違う。
幾度も修羅場を潜り抜け、生き残るために刃を振るってきた者だけが纏う類のもの。
……昔、一度だけ見たことがある。
学生時代、任務先で遭遇した殺人鬼。
生き延びるためなら人を殺すことすら躊躇しない、あの冷え切った眼。
あの時の恐怖は、今でも忘れられない。
結局、その犯人は騎士団に捕らえられた。
だが、その過程で村人が五人、六人――そして私の同期も一人、命を落とした。
言葉で説明するのは難しい。
けれど、マヒロの殺気は、それとはまた違う意味で恐ろしかった。
どんな人生を歩めば、あれほどの覚悟を宿せるのか。
どんな環境で育てば、あんな目ができるのか。
私には想像もつかない。
きっと、彼女は――相当な修羅場を生き抜いてきたのだろう。
『マヒロ・トーエン、フィー・ミッドブルー、二名の到着を確認。これにて第三試合を終了とする』
そんなことを考えているうちに、二人はゴール地点へ到達していた。
試験終了を告げるアナウンスが、静かに響き渡る。
「……おめでとう、二人とも」
私は小さく微笑みながら、誰にも聞こえない場所で拍手を送った。
敗者としてではなく――
彼女達の戦いを見届けた、一人の教師として。