翌日。
自分は皆と離れ、いつもの作業をすっぽかしていた。
もう、どうでもいい。
サボって罰を受けようが関係ない。
殴られようが蹴られようが、飯を抜かれようが――それすら面倒だ。
それならいっそ、最初から殺してくれたほうが楽だとさえ思う。
ふらふらとした足取りで、村の端へ向かう。
足裏の感覚は鈍く、地面を踏んでいる実感すら曖昧だった。
脱出しようなどという希望はない。
そんなものは、とうの昔に霧の向こうへ消えた。
ただ――死に場所を探しているだけだ。
昨晩、ラエルに言われた言葉が頭に残っていた。
「死ぬなら、俺たちの視界に入らない所で死んでくれ」
ならば、その通りにしよう。
忘れられるなら、そのほうがお互い楽だ。
生きていても、もう誰の役にも立てないのだから。
この村に崖はない。海もない。
飛び降りも溺死もできない。
首を吊る道具も、血を流す気力も残っていない。
自分で自分を終わらせる方法すら、まともに選べないほど疲れ切っていた。
――もっと簡単に死ねる方法。
ふと、一つの答えが浮かぶ。
魔障結界。
結界と呼ぶには、あまりにも禍々しい霧。
濃密な魔力を浴びれば、人体は壊れる。
最悪、死に至る。
まるで人の命など些細な実験結果の一つに過ぎないと言わんばかりの口調だった。
あの霧に入れば、確実に死ねるかもしれない。
村の正門側にも結界はあるが、魔物の巡回が多い。
見つかれば面倒だし、ラエルたちにも気づかれる。
最後くらい、余計な騒ぎは起こしたくなかった。
だから正反対の方向へ向かう。
未開の森が広がる、人気のない端へ。
かつては子供たちが虫取りをした場所。
今は腐った木々と黒い霧に覆われ、誰も近づかない死の境界線。
霧の向こうは何も見えない。
中で死ねば、死体すら見つからないだろう。
墓も弔いもないが、それでいい。
自分という存在が、静かに世界から消えるだけだ。
今の自分にとって――都合のいい墓場だった。
「……ふぅ……」
ようやく結界の目前に立つ。
近づいただけで吐き気が込み上げ、嫌な汗が噴き出す。
肌がじりじりと焼かれるように痛む。
魔造種の倉庫など比べものにならない濃度だ。
「ッ……ゲホッ! ゲホッ!!」
霧をわずかに吸い込み、激しく咳き込む。
喉が焼けるように痛み、涙が滲む。
肺の奥に、異物が絡みつくような不快感。
少し吸っただけでこれだ。
中へ入れば、間違いなく死ぬ。
「……ちょうどいい……」
皮肉にも、それが望みだった。
苦しみは短いほどいい。
長く生きて、また絶望を積み重ねるくらいなら。
「……待ってて。父さん、母さん。
俺も、そっちへ行くから」
死んだら会えるのだろうか。
それとも地獄へ落ちるのか。
来世はあるのか――そんなことすら、どうでもよかった。
ただ、もう終わらせたい。それだけだった。
自分は、霧の中へ一歩踏み出そうとする。
その瞬間。
「――おい」
「ッ!?」
背後から、低い声がした。