転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

302 / 351
第7章ー37

 「……」

 

 自分としては、かなり上出来な一発だった。

 

 威力、速度、制御。どれを取っても、今までの火球《フレール》とは比べ物にならない出来だったと思う。

 

 だが――

 

 コールスタッシュ先生は、口では褒めるような事を言いながらも、表情一つ変えていなかった。

 

 驚きも警戒も見せない。

 

 まるで「それくらい当然だ」とでも言いたげな態度だ。

 

 ……まあ、火球で建物を片っ端から破壊しているような人だ。

 

 あの程度で動揺するわけがないか。

 

 『どうした? お前一人か?』

 

 「……」

 

 『アンドリューズの奴は先に行ったのか? それとも、どっかで気配を消して俺を捕まえようって算段か?』

 

 先生は余裕たっぷりの様子でこちらへ歩いてくる。

 

 一歩一歩、ゆっくりと。

 

 まるで散歩でもしているかのような気楽さだった。

 

 対する自分は、右手を構えたままじりじりと後退していく。

 

 決して視線は逸らさない。

 

 『なるほどな。俺を警戒しつつ注意を引き、自分も少しずつゴールへ近づく作戦か。悪くねぇんじゃねぇか?』

 

 「……」

 

 やはり、こちらの考えは読まれている。

 

 だが、それでも問題はなかった。

 

 コールスタッシュ先生は、少なくとも今のところ脱兎跳躍《ラジャスト》のような高速移動魔法を使う様子がない。

 

 ならば、こちらへ一気に距離を詰めるのは容易ではないはずだ。

 

 そして自分は、いつでも魔法を撃てるよう右手を構え続けている。

 

 さっきの火球《フレール》は、十分すぎる牽制になっただろう。

 

 あれほどの規模と速度を見せられれば、迂闊に突っ込んでくる事はできない。先生も、それを理解しているはずだ。

 

 実際、自分を発見した直後に走り込んでこなかった事が、その証拠だった。

 

 互いに警戒し合いながら、自分は少しずつ後退する。

 

 その分だけ、ゴールへ近づいていく。

 

 この調子なら、ギリスケが先にゴールへ辿り着く時間くらいは十分稼げるはずだ。

 

 ……我ながら、悪くない作戦を思いついた気がした。

 

 「……」

 

 だが。

 

 それでも気になる事が一つあった。

 

 先生に、焦っている様子が全く見えないのだ。

 

 もちろん、表情を隠している可能性もある。だが、それにしては余裕がありすぎる。

 

 まるで、こちらの行動すら想定済みであるかのような落ち着きだった。

 

 ……何か、別の対策を考えているのか?

 

 だとしたら、のんびり後退している場合ではない。

 

 自分は後ろへ下がる速度を少しだけ上げながら、同時に次の手を考える。

 

 問題は、先生が自分の現在地まで辿り着いた時だ。

 

 先生側には、既に倒壊した建物しかない。隠れ場所はほぼ潰れている。

 

 しかし――

 

 自分の背後には、まだ無傷の建物群が並んでいる。

 

 少しでも視線を切れば、その陰へ逃げ込まれる可能性があった。

 

 つまり、ここから先は今以上に油断できなくなる。

 

 いっそ、自分で先に建物を破壊しておくべきか?

 

 ……いや。

 

 それは危険だ。

 

 こちらから魔法を撃った瞬間、その隙を狙って先生が仕掛けてくる可能性が高い。

 

 魔法発動の瞬間は、どうしても意識と動きが一瞬止まる。

 

 つまり――

 

 自分もまた、“うっかり動けない状況”へ追い込まれていたのだ。

 

 先生は、それを分かった上であの余裕を見せていたのか?

 

 だとしたら――

 

 少し、まずいかもしれない。

 

 「……いや」

 

 自分は小さく息を吐く。

 

 まだだ。

 

 向こうが妙な動きをした瞬間、魔法を撃てばいい。

 

 こちらには火球《フレール》がある。

 

 少なくとも現状、自分が優位な立場にいる事に変わりはない。

 

 落ち着け。

 

 先生から目を離さなければ――

 

 『よし。そろそろ行くぞ』

 

 「ッ!?」

 

 次の瞬間だった。

 

 何の前触れもなく、コールスタッシュ先生がこちらへ向かって駆け出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。