「……」
自分としては、かなり上出来な一発だった。
威力、速度、制御。どれを取っても、今までの火球《フレール》とは比べ物にならない出来だったと思う。
だが――
コールスタッシュ先生は、口では褒めるような事を言いながらも、表情一つ変えていなかった。
驚きも警戒も見せない。
まるで「それくらい当然だ」とでも言いたげな態度だ。
……まあ、火球で建物を片っ端から破壊しているような人だ。
あの程度で動揺するわけがないか。
『どうした? お前一人か?』
「……」
『アンドリューズの奴は先に行ったのか? それとも、どっかで気配を消して俺を捕まえようって算段か?』
先生は余裕たっぷりの様子でこちらへ歩いてくる。
一歩一歩、ゆっくりと。
まるで散歩でもしているかのような気楽さだった。
対する自分は、右手を構えたままじりじりと後退していく。
決して視線は逸らさない。
『なるほどな。俺を警戒しつつ注意を引き、自分も少しずつゴールへ近づく作戦か。悪くねぇんじゃねぇか?』
「……」
やはり、こちらの考えは読まれている。
だが、それでも問題はなかった。
コールスタッシュ先生は、少なくとも今のところ脱兎跳躍《ラジャスト》のような高速移動魔法を使う様子がない。
ならば、こちらへ一気に距離を詰めるのは容易ではないはずだ。
そして自分は、いつでも魔法を撃てるよう右手を構え続けている。
さっきの火球《フレール》は、十分すぎる牽制になっただろう。
あれほどの規模と速度を見せられれば、迂闊に突っ込んでくる事はできない。先生も、それを理解しているはずだ。
実際、自分を発見した直後に走り込んでこなかった事が、その証拠だった。
互いに警戒し合いながら、自分は少しずつ後退する。
その分だけ、ゴールへ近づいていく。
この調子なら、ギリスケが先にゴールへ辿り着く時間くらいは十分稼げるはずだ。
……我ながら、悪くない作戦を思いついた気がした。
「……」
だが。
それでも気になる事が一つあった。
先生に、焦っている様子が全く見えないのだ。
もちろん、表情を隠している可能性もある。だが、それにしては余裕がありすぎる。
まるで、こちらの行動すら想定済みであるかのような落ち着きだった。
……何か、別の対策を考えているのか?
だとしたら、のんびり後退している場合ではない。
自分は後ろへ下がる速度を少しだけ上げながら、同時に次の手を考える。
問題は、先生が自分の現在地まで辿り着いた時だ。
先生側には、既に倒壊した建物しかない。隠れ場所はほぼ潰れている。
しかし――
自分の背後には、まだ無傷の建物群が並んでいる。
少しでも視線を切れば、その陰へ逃げ込まれる可能性があった。
つまり、ここから先は今以上に油断できなくなる。
いっそ、自分で先に建物を破壊しておくべきか?
……いや。
それは危険だ。
こちらから魔法を撃った瞬間、その隙を狙って先生が仕掛けてくる可能性が高い。
魔法発動の瞬間は、どうしても意識と動きが一瞬止まる。
つまり――
自分もまた、“うっかり動けない状況”へ追い込まれていたのだ。
先生は、それを分かった上であの余裕を見せていたのか?
だとしたら――
少し、まずいかもしれない。
「……いや」
自分は小さく息を吐く。
まだだ。
向こうが妙な動きをした瞬間、魔法を撃てばいい。
こちらには火球《フレール》がある。
少なくとも現状、自分が優位な立場にいる事に変わりはない。
落ち着け。
先生から目を離さなければ――
『よし。そろそろ行くぞ』
「ッ!?」
次の瞬間だった。
何の前触れもなく、コールスタッシュ先生がこちらへ向かって駆け出した。