瓦礫は火球へ触れた瞬間、まるで溶岩の中へ放り込まれたかのように赤く溶け崩れていった。
砕けた破片は次々と焼き尽くされ、巨大化した火球《フレール》もまた、それらを呑み込むたびに徐々に縮小していく。
やがて炎は役目を終えたように掻き消え、あとには熱気だけが残った。
「……」
思わず息を呑む。
ある程度は予想していた。
だが、まさかここまで綺麗に瓦礫を焼き切るとは思っていなかった。
これ――
流石に、人へ向けて撃てる代物じゃない。
「ッ!? そんな事より……!」
自分は慌てて意識を切り替える。
感心している場合ではない。
まだ状況は全く安全ではなかった。
むしろ、今の一撃で自分の手札を見せすぎたまである。
もし再び同じ手で来られたら厄介だ。
だったら、ここで囮役を切り上げ、少しでもゴールへ向かうべきか。
ギリスケも、そろそろ到着していておかしくない頃だ。
役目は十分果たしたはず――
『なんだ。もう撤退か?』
「ッ!?」
声が、近い。
その瞬間、自分の背筋が凍り付いた。
煙の中を突破したコールスタッシュ先生が、いつの間にか目の前まで接近していたのだ。
距離にして、ほんの数十メートル。
「なっ……!?」
魔力感知を外していたとはいえ、ここまで気配を悟れなかったのか?
しかも先生は、脱兎跳躍《ラジャスト》のような高速移動魔法を使った様子もない。
冗談だろ。
「……っ!」
まずい。
ここまで接近されると、下手に魔法を撃てない。
発動の瞬間に回避されたら狙いがブレる。
しかも外せば、大きな隙を晒す事になる。
そうなれば、一気にこちらが不利だ。
――ここからは読み合い。
相手の行動を先に読んだ方が勝つ。
先生との距離は、およそ五十メートル。
どう動く?
こちらは一度でも触れられたら終わり。
逆に先生は、一度触れるだけで勝ちだ。
だったら、もう一発くらい魔法を撃っても――
『【火球《フレール》】』
「……っ?」
先生が火球を放つ。
だが、その軌道は自分ではない。
火球は、自分の背後にあった建物へ一直線に飛んでいった。
「あっ――しまっ……!」
気付いた時には、もう遅かった。
轟音と共に背後の建物が崩壊する。
大量の瓦礫が大通りへ雪崩れ込むように降り注いだ。
魔法を撃ってくる事自体は予想していた。
だが――
“自分を狙う”という前提でしか考えられていなかった。
後ろの建物を破壊して退路ごと潰す。
そんな発想にまで至っていなかった。
このまま前へ進めば、確実に倒壊へ巻き込まれる。
かといって足を止めれば、その瞬間に先生へ捕まる。
最悪の二択だった。
『ほら。これでしま――』
「くっっっそ!!」
『だっ!?』
自分は咄嗟に脱兎跳躍《ラジャスト》を発動した。
崩壊した建物とは逆方向へ、地面を蹴り飛ばすように跳躍する。
身体が一気に宙へ浮き、先生の手が届く寸前をすり抜けた。
『ちっ!? ぴょんぴょん跳ねやがって! 兎かテメェは!?』
あと一歩。
本当にあと一歩のところで、自分は逃げ切った。
取り逃がした先生は苛立ったように舌打ちを鳴らす。
危なかった。
今のは本気で捕まったと思った。
「はぁ……はぁ……っ、しょうがねぇ。こっからは逃げる!」
『あっ!? おい、逃げんなコラ!?』
着地と同時に、自分は慌てて近くの建物の陰へ飛び込む。
そして、そのままゴールへ向かって走り出した。
ここまで来れば、先生も追い掛けざるを得ない。
流石に、さっきみたいに建物ごと吹き飛ばすような真似はしないだろう。
……恐らく。
ゴールまで、残り三百メートル弱。
ここまで来たら、絶対に逃げ切ってやる。