「おい、お前。こんなところで何やってんだ」
「……」
声を掛けられ、ゆっくりと振り返る。
聞き覚えのある声。嫌というほど知っている声。
そこに立っていたのは、いつも必要以上に暴力を振るう、あの魔物の二人組だった。
――最悪だ。
よりにもよって、最後に出会う相手がこいつらだなんて。
ここは本来、巡回経路ではないはずだ。
なのに、どうして今ここにいる?
「ヒハハハハハッ! まさかこんな場所で出くわすとはな。
けどよ、ここはテメェらが来るような場所じゃねぇはずだろ?」
「ケハハハハハッ! もしかしてサボりか? そいつはいけねぇなぁ」
「ッ……!?」
自分が魔障結界へ入ろうとしていたことに気づいているのかは分からない。
だが、作業を抜け出しているのは事実だ。
こいつらにとって、憂さ晴らしをするには最高の獲物。
笑い声が、骨にまで染み込む。
――ヤバい。
こいつらに捕まるのだけは、絶対に避けなければならない。
「こっちに来い!!」
「う゛っ?!」
後退しながら霧の中へ逃げ込もうとした瞬間、腕を掴まれ引きずられる。
抵抗する力などない。
魔障結界から、容赦なく引き離されていく。
――くそ。
あと少しで、楽になれたかもしれないのに。
「ヒハハハハハッ! 俺たちはサボる奴にゃ容赦しねぇ。覚悟しとけよ!!」
「ケハハハハハッ! ……まぁ、俺らもサボってたけどな」
笑い声だけが、虚しく響いた。
*
気づけば、自分は近くの小屋の中にいた。
手足を縄で縛られ、身動きが取れない。
拳が飛ぶ。
蹴りが腹に沈む。
何度も、何度も。
視界が滲む。
呻き声すら満足に出せない。
顔も身体も、どこが痛いのかすら分からなくなる。
ここまでされて、まだ生きているのが不思議だった。
――いっそ、殺してくれればいいのに。
「なぁお前。本当は、死のうとしてたんだろ?」
「ッ……!?」
髪を乱暴に掴まれ、顔を無理やり上げられる。
図星だった。
おかしいとは思っていた。
憂さ晴らしだけなら、外で殴れば済む話だ。
わざわざ小屋に閉じ込め、逃げられないようにしている。
――こいつらは、自分を“死なせない”つもりだ。
縄を解かれたところで、逃げ切る力はない。
絶望が、ゆっくりと胸を侵食していく。
「折角いいモン見つけたんだ。
他のガキは一発殴っただけで簡単に逝っちまう。
お前は簡単には死なせねぇよ。ヒハハハハハッ!」
「……」
「お前が死ぬときは、この村の存在価値がなくなった時だ。
そのときは、お友達と仲良く苦しみながら殺してやるよ」
耳元で囁かれる言葉が、氷より冷たかった。
「なぁ、折角いいサンドバッグ見つけたんだ。
こいつは生かしておいてもいいんじゃねぇか?」
「馬鹿! そんなこと、あの人が許すわけねぇだろ!?」
二人は自分を前にして、生殺与奪を玩具のように語り合う。
こちらの意思など、欠片も存在しない。
――殺してくれるなら、今すぐ殺してくれ。
だが、その願いすら叶えられない。
「それより、そろそろ巡回戻らねぇと、サボってたのがバレちまうぞ?」
「ヒハハハハハッ!
サボってんじゃねぇ、逃げようとした奴を懲らしめてたんだろ?」
「ケハハハハハッ! あながち間違っちゃいねぇ」
「けどよ、戻らねぇとあの人に怒られちまう。行こうぜ……っと、その前に」
「ん゛っ?!」
口に猿轡を噛まされる。
声を出せないようにするためだろう。
見かけによらず、慎重な連中だ。
「そんじゃ、また後で――たっぷり可愛がってやるからよ」
扉が閉まる。
暗闇と沈黙だけが残った。