「あー、くっそ……! まだ耳がキーンってしやがる。目の方もチカチカするしよ……」
第四試合を終え、待機室へ戻る廊下を歩きながら、俺はずっと眉間に皺を寄せていた。
レールステンの野郎のせいで、こっちまで散々な目に遭った。あの閃光と轟音は完全に想定外だ。
耳鳴りはまだ収まらないし、視界にも残光がちらついている。おかげで気分は最悪だった。
――後で絶対に文句を言ってやる。
説教の一つや二つで済ませてやるだけ、まだ優しい方だろう。
「おかえり。大変だったね」
待機室へ入ると、理事長が穏やかな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
本心からの労いなのは分かる。分かるんだが――今の俺には、どうにも皮肉にしか聞こえない。
「……マジでレールステンの野郎、後でたっぷり説教してやる……」
「ははは。随分とやられたみたいだね」
「……」
理事長は面白そうに笑うだけだった。
いや、笑い事じゃないんだが?
こっちは鼓膜をぶっ壊されかけてるんだぞ。
この人、時々妙に無神経なところがあるから困る。悪気がない分、余計に腹が立つ。
「……俺、もう帰っていいっすか? 耳も目もやられて、正直試験どころじゃないんですけど」
半ば本気で早退を申し出る。
だが――。
「駄目だよ」
返答は即答だった。
「これくらいのハンデを背負っていた方が、生徒達にとっては良い刺激になる。むしろ丁度いいくらいじゃないかな」
「……ちっ。鬼畜外道め」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ、別に」
聞こえてなくて助かった。
いや、本当にこの人は容赦がない。教師が負傷してるのに、そのまま続行とかどういう判断だ。
労災とか絶対出ないだろうし、この世界の労働環境どうなってんだよ。
……ん?
そもそも労災って何だっけ。
変なこと考えてる辺り、思った以上にダメージが残ってるらしい。
俺は小さく舌打ちしながら、近くの椅子へどかっと腰を下ろした。
「にしても、今回の試験内容は色々と酷かったね」
理事長が苦笑混じりに呟く。
「仮に彼らが、本当に倒壊に巻き込まれて死んでしまったらどうするつもりだったんだい?」
「あん? そりゃあ、“ドンマイ”で終わりっすよ」
俺は肩を竦めながら答えた。
「そもそも、あの程度で死ぬようなら卒業なんて夢のまた夢でしょうし」
この学園は甘くない。
卒業後に待っている現実は、もっと理不尽で、もっと容赦がない。
だからこそ、今のうちに死線を経験させる必要がある。
生半可な覚悟のまま戦場に放り出す方が、よほど残酷だ。
「サダメ君に向かって、あの魔法を撃とうとしていたのも?」
「一応、死なない程度には抑えるつもりでしたよ」
俺は煙草を取り出し、火を点ける。
紫煙を肺に流し込みながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「けど、あれくらい本気で追い込まなきゃ、あいつは変われない。レールステンってのは、そういうタイプだと思ったんでね」
極限まで追い詰められて、ようやく本気を出す。
あいつには、そういう危うさがある。
だから俺も、本気でぶつかる必要があった。
「ふむ……つまり、彼に期待している、という風に受け取ってもいいのかな?」
「さあて、どうでしょうね」
適当に誤魔化しながら煙を吐き出す。
正直、自分でもよく分からない。
教師として期待しているのか。
それとも単純に興味を持っただけなのか。
ただ一つ言えるのは――。
あいつは、普通じゃない。
少なくとも、ただの落ちこぼれで終わる器じゃない事だけは確かだった。
目の方は、目くらまし防止用の魔道具眼鏡のおかげで徐々に回復してきている。だが、耳鳴りの方はまだ酷い。
それでも、理事長と会話できる程度には聞こえているから、致命的ではないが。
「……ふぅ。それ、俺なんかより、あの人に言った方がいいんじゃないっすかね」
煙草を咥えたまま、俺は視線を横へ流した。
すると理事長も、何を言いたいのか察したらしい。
「ああ。彼女にも軽く注意はしているんだけどね。ちゃんと聞いているかどうか……」
「ふぅん」
興味なさげに相槌を打つ。
だが、実際問題――俺より危険な教師が、この学園には一人いる。
キリヤ・オーヴェン。
あの女は、俺以上に容赦がない。
下手をすれば、本当に生徒を殺しかねない危うさを持っている。
何せ彼女は――。