「……」
「……」
まもなく試合開始。
にもかかわらず、私達の間には一言の会話もなかった。
気まずい。
というか、重い。空気が重すぎる。
本当なら、開始前に作戦を立てるべきなんだと思う。どちらが前に出るのか、どうやって逃げるのか、何かあった時はどう動くのか――。最低限、それくらいは話し合っておかないといけないはずだ。
けれど、相手がアラガとなると話は別だった。
そもそも、ものすごく話しかけづらい。
近寄るだけで空気が冷えるというか、下手に声を掛けたら「黙れ」と言われそうな威圧感がある。
でも――。
このままじゃ駄目だ。
試験を突破するには、彼の力が絶対に必要になる。
向こうから話しかけてくる可能性なんて、まずない。なら、自分から動かなきゃいけない。
せめて、どっちへ向かうかだけでも確認しないと――。
『それでは第六試合、開始!』
「っ!?」
その瞬間、開始のアナウンスが響き渡った。
しまった。
完全に出遅れた。
けれど、まだ間に合う。
走りながらでも話し合いくらいはできるはず。
そう判断した私は、意を決して口を開いた。
「あ、あの!」
正直、怖い。
でも今はそんなことを言っている場合じゃない。
これは試験。
合格するためだと思えば、多少睨まれるくらい――。
「……邪魔だ」
「……え?」
返ってきたのは、想像以上に冷たい一言だった。
しかも、彼は一度もこちらを見ようとしない。
まるで最初から、会話する価値すらないと言わんばかりだった。
「滑れ――【
次の瞬間。
アラガの足元に氷が走った。
「きゃっ!?」
突然広がった冷気に、私は思わずバランスを崩しかける。
アラガは氷の板を生成し、その上を滑るように高速移動していた。
まるで雪山を滑降するスケーターみたいに、地面を滑り抜けていく。
速度自体はマヒロほどではない。
けれど、厄介なのはその“後”だった。
彼が通った道には氷の床が残り続け、地面そのものが滑りやすく変化していく。
不用意に追いかければ転倒しかねない。
実際、近くにいた私は危うく足を滑らせるところだった。
――ただ速く移動してるわけじゃない。
私は思わず目を見開く。
追跡妨害まで同時にやっているんだ。
敵に追いつかれないよう、ちゃんと後の展開まで考えて魔法を使っている。
流石はクラストップクラス。
魔法の扱いに一切無駄がない。
「……って、感心してる場合じゃなかった!」
ハッと我に返る。
今の私は、完全に置いていかれている状態だった。
このままじゃ話し合いどころか、試験開始早々一人になる。
慌てて私は魔力を練り上げた。
「運べ、上風《うわかぜ》よ――【
足元に小さな旋風が生まれる。
ふわりと身体が浮き上がり、私はそのまま地面すれすれを滑空した。
【風足の運び屋】。
小規模な竜巻を発生させ、人や物を浮かせながら移動させる風魔法だ。
授業で習った時は「便利そうだな」程度にしか思っていなかったけれど、実際かなり重宝している。
ただし欠点もある。
高く浮こうとすると、無駄に魔力と集中力を消費してしまうのだ。
おまけに私は、まだ細かい制御が苦手だった。
だから今も、低空飛行を維持するだけで精一杯。
速度だって大したことはない。
それでも、普通に走るよりは遥かに速い。
今は少しでも早く、アラガに追いつかなければ。
オーヴェン先生が動き出す前に、せめて最低限の意思疎通だけでも――。
「ちょ、ちょっと待って! 一回、話を――!」
『三十秒経過。鬼役、開放!』
「っ!?」
無情にも、アナウンスが響いた。
その瞬間。
背後から、ぞわりと空気が震える。
『……よし』
低く、獰猛な声。
『いっちょ、やったりますか』
――オーヴェン先生が、動き出した。