「お願い! 一回止まって!?」
「……」
必死に追いかけながら声を張り上げる。
けれど、アラガは一度も振り返らなかった。
完全に無視されている。
……いや、もしかしたら本当に聞こえていないだけかもしれない。風を切る音も大きいし、かなり距離もある。
でも、後ろを確認しようともしない辺り、意図的に無視している可能性の方が高そうだった。
参ったなぁ……。
これ以上速度を上げると、今度は【風足の運び屋】の制御が怪しくなる。まだ低空飛行だけで精一杯なのに、無理をすれば墜落しかねない。
どうにかして彼を止める方法はないのかな――。
『はっはっはっ! お前ら、いい移動手段《あし》持ってんじゃねーか!?』
「オーヴェン先生!?」
突如、背後から豪快な笑い声が響いた。
拡声用の魔道具を通しているせいで、ただでさえ大きい先生の声が余計に響き渡る。
おかげで、私の声なんて簡単に掻き消されてしまった。
『だがなぁ――私から逃げ切ろうなんざ、百億年早ぇぞォ!!』
「ッ!?」
次の瞬間。
オーヴェン先生が地面を蹴った。
――いや、“跳んだ”なんてレベルじゃない。
一瞬で建物の屋上を飛び越え、遥か上空へ到達していた。
「な、何あれ……」
思わず呆然と呟く。
コールスタッシュ先生も十分人間離れしていたけれど、この人も大概だ。
というか、この学園の教師陣、人間辞めてる人しかいないの?
『空を舞う巨躯の炎龍よ――爆ぜる息吹で一帯を蹴散らせ!』
上空で、オーヴェン先生が詠唱を開始する。
その右手に、凄まじい熱量が集まっていった。
数秒もしないうちに形成されたのは、巨大な火球。
それはサダメの火球なんか比較にもならない。
質量も、密度も、放たれる熱気も、何もかもが桁違いだった。
見ただけで分かる。
――アレは、ヤバい。
本能が警鐘を鳴らしていた。
急いで防御魔法を張らないと、本当に死ぬ。
「アラガ! それ以上進んだら駄目っ!!」
「……あ?」
私は慌てて叫ぶ。
すると、ここへ来てようやくアラガがこちらへ視線を向けた。
鋭い。
まるで睨みつけるような目だった。
声色も不機嫌そのもので、正直かなり怖い。
けれど、それでも彼は足を止めてくれた。
――今なら、間に合う。
私はすぐさま魔力を練り上げる。
「吹き荒れろ、嵐の防壁よ――!」
詠唱を開始。
どうか、間に合って――!
「【
「【
私が防御魔法を展開した瞬間。
ほぼ同時に、オーヴェン先生の魔法も放たれた。
上空から、巨大な火球が凄まじい勢いで投げ下ろされる。
その光景は、まるで隕石の落下そのものだった。
「ぐっ!?」
「う゛っ!?」
私は即座に風のドームを形成し、自分とアラガを包み込む。
【乱気流の城壁《タービュ・ランパート》】。
暴風の壁で外部からの衝撃を逸らす、防御系風魔法。
直後。
世界が、爆ぜた。
凄まじい爆音と共に、衝撃波が周囲一帯を呑み込む。
防御魔法を展開していたにもかかわらず、外側から伝わってくる風圧だけで身体が軋んだ。
空気が震え、地面が揺れ、肺の中まで衝撃が突き抜けてくる。
もし防御が間に合っていなかったら――。
そんな想像をしただけで、背筋が冷たくなった。
「……ど、どうなったの?」
しばらくして爆風が収まる。
だが、風のドーム越しでは外の様子が分からない。
私は恐る恐る魔法を解除した。
そして――。
「ッ!? こ、これは……」
解除した瞬間、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
そこにあったはずの建物。
道路。
瓦礫。
その全てが――消えていた。
まるで巨大な隕石でも落下したかのように、大地そのものが抉り取られている。
地面には巨大なクレーターが形成され、周囲は黒く焼き焦げ、熱気で景色すら歪んでいた。