「はあ……困ったものだね」
第六試合が開始されてから数分後。
試験会場は、もはや実技試験とは呼べないほど緊迫した空気に包まれていた。
キリヤ・オーヴェン。
彼女が、生徒であるアラガ君の挑発を真正面から受け止めてしまった結果、状況は今まさに“一触即発の殺し合い”へと発展しつつある。
学園では、いかなる理由があろうとも殺人を固く禁じている。
当然、それは教師も例外ではない。
だからこそ私は、念のため彼女へ警告を送った。
しかし――。
『ぶっ殺さねー程度にぶっ殺すって言ったろ!?』
返ってきたのは、そんな物騒極まりない言葉だけ。
その上、一方的に通信を切断されてしまった。
……どうやら、思っていた以上にまずい展開になってきたようだ。
「だから言ったでしょ? 俺より、あの人の方を危険視するべきだったんすよ」
「……」
隣で、アサヒ・コールスタッシュ先生がぼそりと呟く。
周囲に聞こえないよう配慮している辺り、一応空気は読んでいるらしい。
彼も彼で、生徒相手にかなり無茶をしていた。
だが、正直なところ――。
キリヤ先生は、その比ではない。
あれはもう“やり過ぎ”という次元を超えている。
「どうします? 力づくで止めます?」
コールスタッシュ先生は眉間を押さえながら続けた。
「つっても俺、まだ耳鳴り酷くて、まともにあの人止められる自信ないんすけど。……まあ、万全でも正直やりたくないっすけどね」
半分冗談めかしてはいるが、その声音には本気の疲労が滲んでいた。
それほどまでに、キリヤ・オーヴェンという人物は危険なのだ。
試験中止。
確かに、この状況なら妥当な判断かもしれない。
「……けど」
「?」
私は即答できず、言葉を濁した。
理由は単純だ。
――彼女が、本当に考えなしで暴れているようには見えなかったから。
もちろん危険だ。
危険極まりない。
だが、それでも彼女は彼女なりに“加減”している。
もし本気を出していたなら、先程の爆炎だけで試験会場全体が消し飛んでいてもおかしくない。
彼女からすれば、あれですら力の半分にも満たないだろう。
氷を破壊した時も同じだ。
使った魔力はごく僅か。
つまり彼女は、一応“殺さない程度”には力を抑えている。
少なくとも、本人の中ではそのつもりなのだろう。
……だからこそ厄介だった。
彼女自身に殺意がなくとも、あの規模の攻撃は一歩間違えれば即死に直結する。
加減を誤れば、本当に生徒を殺しかねない。
それが分かっているからこそ、私は判断を下せずにいた。
そして、気になるのはアラガ君の方も同じだった。
彼は間違いなく学年トップクラスの実力者だ。
しかし、相性差があるとはいえ、相手はキリヤ・オーヴェン。
圧倒的格上。
普通なら、戦おうなどとは考えない。
それこそ無謀以外の何物でもない。
だが――。
私が引っ掛かっているのは、そこではなかった。
「……彼も、まだ本気じゃないんだよね」
「ん? どういう意味っすか?」
コールスタッシュ先生が怪訝そうに眉をひそめる。
私はモニター越しにアラガ君を見つめながら、小さく息を吐いた。
彼には、“あの目”がある。
それがどれほど異質な力なのか、私は知っている。
キリヤ先生と対等に渡り合うつもりなら、本来ならあの力が必要不可欠なはずだ。
そして、そのことを一番理解しているのも彼自身だろう。
にもかかわらず、彼はまだ使おうとしていない。
何故だ?
使用条件があるのか。
あるいは制限か。
もしくは、何か大きな代償を伴う能力なのか。
理由は分からない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
――“あの目”を使わない限り、今の彼ではキリヤ先生に勝つことは不可能に近い。
なにせ彼女は――。
“次期勇者候補”とまで謳われた、元冒険者なのだから。