五年前。
勇者が原因不明の失踪を遂げてから、既に五年という月日が流れていた頃の話だ。
勇者不在という異常事態に、国全体が徐々に危機感を募らせていた。
当然、国王も例外ではない。
魔王軍の脅威が未だ消えていない以上、“次の勇者”の存在は急務だった。
そのため国王は、新たな勇者候補を探し始める。
そして、その協力要請は魔法学園を運営する私の元にも届いた。
私はそれを快く承諾。
半分は国のため。
そしてもう半分は――単なる趣味だ。
私は昔から旅が好きだった。
だから優秀な人材探しを名目に、各地を巡る旅へ出たのである。
……その旅の途中で出会ったのが、キリヤ・オーヴェンだった。
初めて彼女と遭遇した場所は、辺鄙な田舎町にある小さな酒場。
今でも鮮明に覚えている。
酔った男達が下心丸出しで彼女へ絡み――。
次の瞬間には、全員半殺しにされて床へ転がっていた。
そんな惨状を作り出した張本人はというと、まるで何事もなかったかのように酒を煽っていたのだから恐ろしい。
正直、当時の私でも話しかけるのにはかなり勇気が必要だった。
当然、初対面の私にも殺気剥き出し。
隣へ座ろうとしただけで殴りかかられた時は流石に笑えなかった。
その後?
……まあ、お察しの通りだ。
危うく私も半殺しにされかけた。
幸い、彼女が本格的に魔法を発動する前に拘束魔法で動きを止めることには成功したが――。
もし、あと少しでも対応が遅れていたら。
もし、彼女に本気で魔法を使われていたら。
今頃どうなっていたか分からない。
それほどまでに、彼女は危険だった。
……もっとも。
だからこそ、私は確信したのだけれど。
この女には、“勇者の資質”があると。
そう判断した私は、なんとか説得し、彼女を国王の元へ連れて行った。
だが、結果は――当然のように不採用。
理由は非常に分かりやすい。
性格だ。
実力だけなら文句なし。
むしろ、歴代でも屈指と言っていい。
だが、問題は中身だった。
国王を前にしても物怖じ一つしないまでは良かった。
しかし彼女は、平然とため口を利き、周囲へ喧嘩腰の態度を崩さなかったのである。
あの時、謁見の間にいた騎士達の顔色が一斉に変わったのを今でも覚えている。
国によっては、その場で不敬罪として処刑されてもおかしくない振る舞いだった。
勇者とは、人類の希望。
人々を導く象徴だ。
そんな存在を、あれほど反抗的な人物へ任せてよいのか――。
当然、議論になった。
そして最終的に、彼女は勇者候補から外されることとなった。
……だが。
それでも、彼女の才能だけは誰も否定できなかった。
十死怪どころか。
ひょっとすると、魔王にすら届くのではないか。
そう思わせるだけの異常な実力を、国王ですら認めていたのだ。
だから私は、一つの提案をした。
――彼女を、魔法学園の教師として迎え入れる。
そして、彼女と同等……あるいはそれ以上の人材を育成させる。
もちろん、表向きの目的はそれだ。
だが、本音は別にあった。
教育という立場を経験させることで、彼女自身を成長させる。
人と関わり。
生徒を導き。
誰かを育てるという経験を通して、精神面を鍛える。
そして最終的には、“勇者に相応しい人間”へ変わってくれれば――。
正直、私はそちらの可能性の方が高いと思っていた。
それほどまでに、キリヤ・オーヴェンという存在は国にとって重要だったのである。
……そんな彼女に勝つというのなら。
アラガ君も、“あの目”を使わざるを得ないはずだ。
それとも、まだ何か別の切り札を隠しているのだろうか。
しかし、『あの目』以上の手段など本当に存在するのか?
キリヤ先生は、不意打ち程度で倒せる相手ではない。
なら彼は、一体どうやって彼女を超えるつもりなのだろう。
気になる。
どうしても見たくなってしまう。
彼の実力を。
その覚悟を。
そして――“彼女”が、どこまで本気になるのかを。
もちろん理解している。
向こうが本気で殺すつもりで挑んでいることも。
教師として、本来なら今すぐ止めるべき立場であることも。
それでも。
私は、この戦いを見届けたいと思ってしまった。
気付けば、口が勝手に動いていた。
「……試合続行だ」
その言葉を発した瞬間。
自分でも、自分の判断に呆れてしまった。