「なっ!? マジで言ってんすか!?」
私の発言を聞いたコールスタッシュ先生は、目を丸くして声を上げた。当然の反応ではある。だが、普段は他人に無関心な彼ですらここまで動揺を露わにしているのは、少々意外だった。
「何を考えているんですか、理事長!? 試験とはいえ、今回は危険すぎます! 今すぐ中断させるべきです!!」
ライラック先生に至っては、私の判断に猛反対だった。鬼気迫る表情でこちらへ詰め寄り、声を荒げながら抗議してくる。その様子からも、彼がどれほど気を揉んでいるのかがよく伝わってきた。
「……君達の言いたいことは理解している。だが、試験はこのまま続行させてもらう。万が一何かあった場合の責任は、すべて私が負う」
「ッ!?」
二人の反応を前にしても、私は考えを曲げるつもりはなかった。無論、彼らの懸念は理解している。だからこそ、先程まで散々悩んでいたのだ。
だが、彼にとってこれは避けては通れない壁でもある。
魔王を討つことを目的としている以上、彼はいずれ、自分より遥かに格上の存在と戦わなければならなくなる。十死怪――魔物の中でも別格とされる怪物達など、その最たる例だ。勇者とは、ああした化け物達を相手に生き残り、その先に待つ魔王すら打ち倒さねばならない存在なのである。
ならば、死地を経験するのは早いに越したことはない。今この場で、それを疑似的にでも体験させることは、彼にとって決して無意味ではないはずだ。
もちろん危険は伴う。だが、残虐非道な魔物達《やつら》と比べれば、まだ遥かにマシだろう。少なくとも、彼女は半殺しにすることはあっても、人を殺して愉しむような非道な人間ではない。……まあ、最終的には彼女を信じるしかないのだが。
それに、彼は優秀すぎた。
時折、私は魔法授業を見学しに行っている。しかし、その度に痛感させられるのだ。――もはや学園側が彼に教えられることは、ほとんど残されていないのだと。
それほどまでに、彼の才能は他の生徒達を大きく引き離していた。恐らく本人も、その事実には気付いているのだろう。
ならば、彼をさらに成長させる方法は一つしかない。
実戦経験だ。
結局のところ、人は死線の中でこそ最も成長する。魔物との戦闘こそが、彼を次の領域へ押し上げる最短の道なのだ。
本来であれば、実際に外へ出し、魔物討伐を経験させるのが理想だろう。だが、今の外の世界はあまりにも危険すぎる。特に最近は、各地で異常事態が頻発している。そんな状況で、彼を単独行動させるなど不安しかなかった。
とはいえ、学園内の授業程度では、もはや彼は満足できないだろう。このままでは、せっかくの才能が腐ってしまう可能性すらある。
だからこそ、この状況は願ってもない機会だった。
危険と隣り合わせの模擬戦。そこから得られる経験は、座学や通常授業では決して得られないものだ。彼自身、自分の未熟さと限界を痛感することで、初めて見えてくる成長の余地もあるはずである。
正直に言えば、今の彼の実力では彼女には勝てないだろう。たとえ『あの目』を使ったとしてもだ。私はそれほどの実力差があると判断している。
だからこそ、この試験を通じて彼に理解させたかった。
自分がまだ未完成であることを。
世界には、自分を遥かに凌駕する強者が存在しているという現実を。
――そう教えてやろうと思っていた、その時だった。
「お、おい……あいつ、何しようとしてんだ?」
「ん?」
不意に、生徒達が試合の様子を見ながらざわめき始めた。どうやら、私達が話し合っている間に何か動きがあったらしい。
嫌な予感が胸を過る。
私は即座に視線を闘技場へ向けた。
そして次の瞬間、思わず目を見開く。
「ッ!? あれは……」
――事態は、私の想定を遥かに超える方向へ動き始めていた。