「がっ……はっ!? げほっ! げほっ!!」
鳩尾《みぞおち》に膝蹴りが直撃し、ミオ・チヤドールはその場に崩れ落ちた。呼吸がまともにできないのか、苦しげに咳き込みながら床へ蹲っている。
「……ふー。ふー……」
俺は荒くなりかけた呼吸を整えながら、その様子を見下ろしていた。
頭に血が上っていたせいか、殴ったこっちまで息が乱れそうになる。胸の奥が妙にざわついていた。
「うっ……うぅ……」
苦悶の声を漏らしながらも、ミオが展開した風魔法はまだ消えていなかった。
オーヴェンを閉じ込めている竜巻は、今もなお勢いを保ち続けている。
……この状況で、まだ魔法を維持しているのか。
一発入れれば集中が切れると思っていたが、どうやら想像以上にしぶといらしい。
「おい。さっさと魔法を解除しろ」
俺は冷たく言い放つ。
「お前と協力する気なんざ毛頭ねぇ。とっとと俺の視界から消え失せろ」
追い打ちをかけるように暴言を吐き捨てる。
こいつの戦意を完全に折るつもりだった。これで理解したはずだ。俺の邪魔をすればどうなるか。
今回は警告で済ませた。だが、これ以上俺の邪魔をするつもりなら――次は容赦しない。
まずはこいつから殺す。
そう決めかけた、その時だった。
「……だ、駄目……だよ……」
「あ゛?」
掠れた声で、ミオが反論してきた。
それどころか、ふらつきながらも立ち上がろうとしている。
……なんなんだ、こいつは。
今の一撃が効いていないわけがない。確かに苦しんでいた。痛みも恐怖も味わったはずだ。
普通の奴なら、あれで怯える。
俺を怖がって、逆らわなくなる。
――あの頃みたいに。
「ッ!?」
不意に、胸の奥を何かが掠めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を乱しながら、それでもミオは顔を上げる。
真っ直ぐに。
まるで、俺を恐れていないとでも言うように。
「……なんなんだ、お前は?」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
なぜ俺は、こんな女を気にしている?
黙らないなら殺せばいい。それだけの話だ。単に頭の悪い馬鹿なのかもしれないし、そんな奴に構っている暇なんてない。
なのに――こいつの目から、視線を逸らせなかった。
本当に、なんなんだ。この女は。
「わ、私は……ミオ・チヤドール!」
息を切らしながら、ミオは声を張り上げる。
「ドレーカ村生まれ、リーヴ村育ちの十五歳! ソワレル魔法学園一年生で、将来の夢は立派な治癒師になって、世界中のみんなを救うこと!!」
「……は?」
返ってきたのは、まさかの自己紹介だった。
意味が分からない。
俺はそんなことを聞きたいわけじゃない。やはりこいつは、ただの馬鹿だった――
「だから私は、貴方も救いたいの!!」
「ッ!?」
次の瞬間、ミオの口から飛び出した言葉に、俺の思考は一瞬止まった。
今……なんて言った?
「……俺を、救う……だと?」
「うん!」
ミオは迷いなく頷いた。
「貴方がそこまでして夢を叶えようとしてるのには、きっと凄く辛い理由があるんでしょ!? だから聞かせて! 貴方のことを!」
「……」
理解できなかった。
俺を救う?
だから話を聞かせろ?
……ふざけるな。
なんでお前みたいな能天気な馬鹿女に、自分の過去を語らなければならない。
こいつは何も知らない。
俺が何を背負ってきたのかも。
どれだけ汚れているのかも。
どれだけ救いようがない存在なのかも。
何一つ知らないくせに――。
その無邪気さが、たまらなく癇に障った。
頭の奥で、何かが切れそうになる。
「……おちょくるのも大概にしとけよ?」
低く、怒気の滲んだ声が漏れる。
「このクソ女がッ!!」
――その瞬間、俺は一つの結論に辿り着いていた。
オーヴェンより先に。
まず、この女を殺す。