「ぐっ……!?」
彼から放たれる凄まじい殺気に、思わず息を呑む。肌を刺すような圧力が、ひしひしと全身に伝わってきた。
――間違いない。
彼は、オーヴェン先生より先に私を殺すつもりだ。
正直、怖かった。
足が震えそうになるし、今すぐ逃げ出したい気持ちだってある。けれど、それでも彼に人殺しだけはさせたくなかった。
だから私は、なんとかして彼を止める。
力づくでは駄目だ。仮に一時的に抑え込めたとしても、それでは根本的な解決にならない。それに、純粋な実力だけで言えば、私では彼に到底敵わない。
そもそも今は、オーヴェン先生の足止めもしなければならない状況だ。戦闘に集中できる余裕なんて残されていなかった。
私が発動している【
人一人を囲うのが限界の、かなり限定的な防御魔法だ。
けれど、四方向から風を巻き起こす構造上、防御性能そのものは高い。耐久力に関してはこちらの方が上。だからこそ、先生を一時的に足止めするには最適だと判断した。
……とはいえ、保って数分程度だろうけど。
その間に彼を説得し、協力してゴールへ向かわせる。
それが、私の考えた作戦だった。
……いや、本当はそれだけじゃない。
彼の、あの葛藤するような表情を見てしまったからだ。
あんな顔をされたら、放っておけなかった。
アラガは、魔王を殺すことに異常なまでの執念を燃やしている。そこまでは理解できる。
けれど、そのやり方にはどうしても疑問を抱かずにはいられなかった。
どうして、そこまで魔王を憎むのか。
なぜ、あそこまでサダメを敵視しているのか。
考えれば考えるほど、私は彼のことが気になっていた。
もっと知りたいと思ってしまった。
きっと彼は、私なんかには想像もできないほど辛い過去を背負っているのかもしれない。
……もちろん、私だって辛い経験がないわけじゃない。
でも、だからこそ分かることもある。
苦しんでいる人は、一人で抱え込んでしまうことが多い。
辛い時は、誰かに話を聞いてもらうだけでも少し楽になる――そう、お父さんも言っていた。
だから私は、彼の話を聞きたかった。
「あ、貴方はどうして――」
「黙れッ!!」
「きゃっ!?」
勇気を振り絞って声を掛けた瞬間、怒鳴り声が飛んできた。
凄まじい威圧感に、思わず肩が跳ねる。
……駄目だ。
全然話にならない。
それどころか、彼の身体からは冷気が溢れ出していた。まるで感情に呼応するように、氷魔法が制御不能になりかけている。
怒りのあまり、自分でも魔力を抑え切れていないのかもしれない。
――これは、かなり危険な状態なんじゃ……。
嫌な予感が胸を過る。
どうしよう。
話を聞くどころか、彼は聞く耳すら持ってくれない。今の彼の頭の中には、私を殺すことしかないのだろうか。
だとしたら、話しかけるのは逆効果?
……いや、違う。
向こうが心を閉ざしているなら、こっちから歩み寄らなきゃ駄目だ。
なんとかして、会話のきっかけを作らないと。
「これが最後の警告だ」
低く、殺気の滲んだ声が響く。
「その魔法を解除して、俺の前から消え失せろ。じゃなきゃ――お前を本気で殺す」
「……っ」
彼の言葉に、息が詰まった。
恐らく、ここで反論すれば殺される。
かといって黙っていても、結局彼は襲いかかってくるだろう。
つまり――残された時間は、もうほとんどない。
どうする。
何を言えばいい。
焦りで頭の中が真っ白になっていく。
こんな時、何を話せば――。
「……わ」
その瞬間だった。
混乱する意識の奥底から、まるで無意識のように、一つの言葉が浮かび上がろうとしていた。