「ちっ……何のために俺が協力したと思ってやがる。ったく、この馬鹿女が」
風通しも大して良くない地面の上で、無防備に眠りこけるチヤドール。そんな奴の醜態を目の当たりにした俺は、放っておく訳にもいかず、渋々その肩を抱えて待機室まで運ぼうとしていた。
まったく、なんで俺がこんな事をしなければならないんだ。
一瞬、このまま置いていこうかとも考えた。だが、風邪でも引かれて話の続きを聞けなくなるのは困る。せっかく途中まで聞き出せたんだ。ここで寝込まれては後味が悪い。
……クソ。後で絶対に文句を言ってやる。
「はっ! わざわざお仲間に肩まで貸してやるとはなぁ? 随分とお優しくなったじゃねえか!」
「……オーヴェン」
「先生を付けろよ、タコ助!」
「タコ?」
チヤドールを連れて歩き出したその時、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。振り返れば、そこにはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたオーヴェンが立っている。
驚いたな。
あれだけ派手に暴れ回り、魔力も体力もかなり消耗していたはずだというのに、俺達がゴールしてから恐らく一分も経っていない。まるで何事もなかったかのように立っていやがる。
やはり、真正面からの体力勝負を選ばなくて正解だった。あんな化け物、まともに消耗戦を仕掛けていたら先にこっちが潰れていたに違いない。
それにしても、こいつ。やけに高圧的な魔力を垂れ流してきやがる。威嚇のつもりか?
……いや、単純に機嫌が悪いだけか。
一生徒である俺達にまんまと出し抜かれたんだ。自尊心の高いこいつからすれば、面白いはずがない。
「おうおうおう? さっきまで“私を殺す”とか物騒な事ほざいてた奴がよぉ、気付けば眠れるお姫様のお世話係とはなぁ? 一体どういう心境の変化だ、ああん? まさか、その女に惚れたのか?」
「……馬鹿を言うな。俺は女になんざ興味ねえ」
「あっそ。じゃあ、お前に何があったんだ?」
「……」
オーヴェンは妙に楽しそうに俺へ絡んでくる。
チヤドールといい、この女教師といい、どうして女って奴はこうも遠慮なく人の心へ踏み込んでくるんだ。
他の男連中は違った。任務中の俺を見れば勝手に怯え、必要最低限の会話しかしなかった。誰も深入りしようとはしなかったし、俺もそれで良かった。
だが、こいつらは違う。
怖がるどころか、勝手に近付いてきて、勝手に話しかけて、勝手に人の中へ入り込もうとしてくる。正直、かなり苦手な部類だ。
……なのに。
俺は、その苦手なはずの女を助けてしまった。
他人なんてどうでもよかったはずなのに、気付けばチヤドールの言葉に耳を傾けていた。最初はただ耳障りで鬱陶しい雑音にしか思えなかったというのに。
挙げ句の果てには、俺の戦いに割って入り、邪魔までしてきた相手だ。腹が立ちすぎて膝蹴りを叩き込んだくらいには、確かにムカついていた。
それなのに――
いつの間にか俺は、あいつの言葉に問いを返し、話を聞き、果てには協力して試験を突破していた。
確かに、傍から見れば意味が分からないだろう。
だが、それは俺自身も同じだった。
なんであいつを助けた?
なんで話を聞こうと思った?
なんで、あいつの言葉がこんなにも頭に残っている?
考えれば考えるほど、答えは見つからない。
「……さあな」
結局、俺は短くそれだけ返すと、チヤドールを支えたままその場を後にした。
今はまだ、自分でも理解できない。
けれど――
いつか、この感情の正体を知る日が来るのだろうか。