期末試験が終わってから、早くも一週間が過ぎていた。筆記試験も実技試験も無事に全員合格し、残るは待ちに待った夏休みだけ。学園全体もどこか浮き足立っていて、生徒達の表情にはようやく解放された安堵感が滲んでいた。
「はあ〜。皆、試験受かって本当に良かったねー?」
「ああ。そうだな」
「私、海って初めてだから、今からすっごい楽しみなんだよね!」
「うん。そうだな」
授業を終えた帰り道。私はサダメと並んで歩きながら、来たる夏休みの話題で一人盛り上がっていた。正確に言えば、楽しそうに喋っているのはほとんど私だけで、サダメは相槌を打ちながら聞き役に回っている。
けれど、それが嫌という訳ではない。サダメは昔からこうだった。自分から積極的に話題を振るより、相手の話を静かに聞いてくれるタイプ。だからこそ、私はつい色々と喋りすぎてしまうのかもしれない。
「……なあ、ミオ」
「ん?」
そんな中、不意にサダメが真面目な声色で私の言葉を遮った。
横目で見ると、彼はさっきまでとは違い、どこか言いづらそうな表情を浮かべている。少し視線を泳がせ、何かを迷っているようにも見えた。
……え? なに、その顔。
一瞬だけ胸が高鳴る。
もしかして、なにか特別な話? なんて、ほんの少しだけ期待してしまった。
いや、流石に告白なんてことはないだろうけど。
サダメにとって私は、きっと“家族みたいな存在”だ。長い時間を一緒に過ごしてきた幼馴染みで、気を遣わなくていい相手。そういう認識なのはなんとなく分かっている。
でも、本音を言えば――私はもう少しだけ、異性として見て欲しかった。
血は繋がっていない。それなのに、家族みたいだと言われてしまえば、それ以上踏み込めなくなる。
……なんて。
そんな事を考えている自分が、少しだけ恥ずかしい。
「……前に聞きそびれたんだけどさ」
「……」
サダメはどこか気まずそうに頬を掻きながら、慎重に言葉を選んでいた。
珍しいな、こんな風に照れてるサダメ。
昔、エリカさんと話していた時に少し顔を赤くしていたことがあったけど、それ以来かもしれない。あの頃の私は、「サダメって年上の綺麗なお姉さんが好きなんだなぁ」なんて勝手に思っていた。
でも、今のサダメはもう十六歳。
同年代の女の子を意識し始めても、別に不思議じゃ――
「……アラガと、何かあったのか?」
「……へ?」
――ない。
……うん、違った。
私の淡い期待は、見事なまでに別方向へ飛んでいった。
アラガの話。
そういえば、試験の日に呼び出された件、結局サダメには詳しく話していなかったっけ。
もしかして、ずっと気にしていたのかな。けれど今さら聞くのも気まずくて、タイミングを逃していた……そんなところだろうか。
「……はあ」
「?」
思わずため息が漏れる。
自分でも分かるくらい、露骨に落胆してしまった。
ほんの少しくらい期待したっていいじゃない。もしかしたら、万が一くらいはあったかもしれないのに。
なのに蓋を開けてみれば、結局いつも通り。心配性の保護者みたいな質問だ。
「ほんっと、大した話なんてないよ。サダメ、気にしすぎ」
「ッ!? いや、でも何かされてたりしたら後々面倒だろ。嫌な事とかされてんなら、ちゃんと俺に――」
「だから大丈夫だってば! もう、しつこい!!」
「そんな怒る?!」
食い下がってくるサダメに、私は少しムキになって声を荒げてしまった。
別に、本気で怒っている訳じゃない。
ただ……なんというか、気まずいのだ。
サダメにだけは、あの時アラガと交わした会話をあまり知られたくない。
理由は自分でも上手く説明できないけれど、きっと知られたら変に意識してしまうから。
私はその気持ちを誤魔化すように、少し早足で前を歩き始めた。
後ろではサダメが「待てって」と困ったような声を上げている。
……本当に、この人は過保護すぎる。
お母さんじゃないんだから。
けれど。
そんな風に心配してくれるのが、少しだけ嬉しいと思ってしまう自分も確かに居るのだった。