リーヴ村を出て二日後。俺達は、ようやく目的地であるシッター村の近くまで辿り着いていた。
「私、海って初めてだから楽しみだなー!」
「ああ。そうだな」
目的地が近づくにつれ、ミオは落ち着きなくそわそわしていた。窓の外を何度も覗き込み、子供のように目を輝かせている。
そう言えば、自分もこの世界の海を見るのは初めてだった。前世では海の近くに住んでいた事もあり、海は割と身近な存在だった。しかし、この国は広大な土地の大半を山や森が占めている。海辺の街へ向かおうとしない限り、海を見る機会など滅多にないのだろう。
「見て見てサダメ! 海が見えてきたよ!」
いつも以上にテンションの高いミオが、馬車の窓から身を乗り出す勢いで海の方を指差した。彼女に促され、自分もそちらへ視線を向ける。
「どれどれ……おおっ!」
思わず感嘆の声が漏れた。
そこには、どこまでも広がる青の世界があった。
太陽の光を受けた水面はきらきらと輝き、まるで巨大な宝石のように眩しい。まだかなり距離があるはずなのに、それでも圧倒的な存在感を放っていた。
潮風も微かに届き始めているのか、空気にはほんの少しだけ塩の匂いが混じっている気がする。久しく忘れていた感覚に、胸の奥が妙に懐かしくなった。
「わぁ……すごい……!」
ミオは窓に張り付くようにして海を眺めていた。その横顔には、隠し切れない興奮と感動が浮かんでいる。
「おいおい、そんなに身を乗り出したら危ないぞ」
「だ、だって! 本当に海だよ!? 絵本とかでしか見た事なかったんだから!」
興奮気味に振り返るミオ。その反応があまりにも微笑ましくて、思わず苦笑してしまう。
普段はどちらかと言えば大人しく、控えめな彼女だ。そんなミオがここまで感情を露わにしている姿は珍しい。よほど楽しみにしていたのだろう。
「あっ! サダメ、あれじゃない!? シッター村!」
ミオが今度は海の手前に広がる街並みを指差した。
海岸沿いに並ぶ建物。白い壁や赤い屋根の家々。遠目からでも活気があるのが伝わってくる。恐らく、あそこが目的地のシッター村で間違いない。
「わあぁっ! 本当にここまで来ちゃったんだー!」
ミオは嬉しそうに声を上げた。
「皆、もう着いてるかな!? 早く会いたいなぁ……うふふ!」
海が見えた時以上にテンションが上がっている。椅子に座っているのも落ち着かないのか、足をぱたぱたと揺らしていた。
そんな彼女を見ていると、不思議とこちらまで楽しい気分になってくる。
まるで、娘を連れて旅行に来た父親のような気分だ。
……まあ、結婚した事も子供を育てた事もないから、本当の親心なんて分からないのだが。それでも、はしゃぐミオを見守っていると、自然と頬が緩んでしまう。
「お客さん達、シッター村は初めてかい?」
不意に、馬車を操っていた御者の男性がこちらへ声を掛けてきた。
「は、はい。そうですけど……」
流石にここまで露骨にはしゃいでいれば、初めてだと分かるのだろう。少しだけ気恥ずかしくなる。
「この時期は海水浴シーズンだからねぇ。最近は初めて海を見に行くって客をよく乗せるんだよ」
「へぇー、そうなんですか」
「今の時期のシッター村は観光客で賑わってるからね。かなり楽しいと思うよ」
「やっぱり、皆考える事は同じなんですね」
「ははは、違いない」
御者の男性は愉快そうに笑った。
「ただ、客が多い分、宿の確保は早い者勝ちだ。まずは宿を押さえた方がいいかもしれないね」
「なるほど……分かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。せっかくの旅行だ。思う存分楽しんできな」
「はい!」
ミオは元気よく返事をする。
その後も御者の男性からシッター村の名物や人気の海岸、注意した方がいい場所などを聞きながら、俺達を乗せた馬車はゆっくりとシッター村へ向かって進んでいくのだった。