「けど――」
ふいに、マヒロが静かに口を開いた。
「拙者は毎日、皆と楽しく暮らしたいでござるよ」
「マヒロ……?」
俺は思わず隣を見た。
マヒロは相変わらず夜の海へ視線を向けたまま、穏やかな表情を浮かべている。
「来年も、再来年も」
波の音に溶けるような声だった。
「十年後も、二十年後も。百歳になっても皆と笑い合っていたいのでござる」
そして少しだけこちらを振り向く。
「サダメも、そう思わぬか?」
「……」
返事をする前に、しばらく言葉を探した。
マヒロの横顔には、どこか寂しさが滲んでいるように見えたからだ。
その願いは、とても温かくて。
同時に、とても難しい願いだった。
人は変わる。
どれだけ仲が良くても、時が経てばそれぞれの人生を歩き始める。
仕事に就く者もいる。
故郷へ帰る者もいる。
恋人を作る者もいれば、家庭を持つ者もいるだろう。
そうなれば自然と会う機会は減っていく。
関係が途切れるわけではなくても、今のように毎日顔を合わせることはできなくなる。
それはきっと避けられない。
実際、前世の俺がそうだった。
学生時代は毎日のように顔を合わせていた友人達とも、社会人になってからはほとんど連絡を取らなくなった。
風の噂で結婚したと聞いた奴もいる。
子供が生まれたという話を聞いた奴もいた。
皆それぞれの人生を歩いているのだろう。
……まあ。
俺自身はと言えば、結婚どころか彼女すらできず、毎日仕事に追われるだけの人生だったのだが。
少なくとも「人生を謳歌していた」と胸を張れるような生き方ではなかった。
だが、それ以上に――。
この世界は危険だ。
明日を迎えられる保証すらない。
魔物がいて、争いがあって、命を懸けた戦いが日常のすぐ隣に存在している。
来年どころか、明日生きているかどうかさえ分からない。
そんな世界で。
皆揃ってキャンプをして。
バーベキューをして。
笑いながら歳を重ねていく。
そんな未来は、現実的に考えれば難しいのかもしれない。
それでも――。
「……うん」
俺は小さく頷いた。
「そうだな」
それが本音だった。
叶うかどうかなんて分からない。
理想論かもしれない。
けれど。
叶えばいいと心から思う。
大人になっても。
老人になっても。
皆と笑い合える関係でいられたら。
それはきっと、とても幸せなことだ。
前世で手に入れられなかったものだからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
俺はマヒロに向かって微笑んだ。
「叶うといいな」
その言葉に、マヒロも嬉しそうに笑った。
「うむ!」
その笑顔は、どこか安心したようにも見えた。
しかし――。
「へいへーい!」
突然、背後から間の抜けた声が飛んでくる。
「そこのお熱いカップルさ~ん! これから僕達ともっとお熱いことしないかーい?」
「ソ、ソンジさん!?」
振り返ると、いつの間に現れたのかソンジさんがニヤニヤしながら立っていた。
しかも絶妙に空気を読まないタイミングである。
いや、読んだ上でわざとやった可能性の方が高い。
ソンジさんは面白そうに笑いながら、両手に持っていたものを掲げた。
そこでようやく俺は気付く。
「それって……」
細長い筒状のもの。
紙で包まれた小さな棒。
どう見ても花火だった。
この世界で一般的なのは打ち上げ花火くらいだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
というか、十中八九ソンジさんの自作品だろう。
相変わらず技術力がおかしい。
「夏の風物詩と言えば花火は外せないだろう?」
ソンジさんは得意げに胸を張った。
「皆を呼んで今からプチ花火大会だー!」
その声に反応して、海で遊んでいたミオ達もこちらへ駆け寄って来る。
夜空の下。
笑い声が響く。
手持ち花火が火花を散らし。
皆の顔が明るく照らされる。
宿は取れなかった。
予定通りにはいかなかった。
けれど――。
それでも今日は、間違いなく楽しい一日だった。
そして。
誰も知らない。
この穏やかな日々に、終わりが近づいていることを。
――転生勇者が死ぬまで、残り3954日。