「お疲れ様です、グリムフィッシャー様。お見事な演説でした」
集会が終了し、魚人達が各々出陣の準備を進める中、一体の部下が恭しく頭を下げた。
それに対し、グリムフィッシャーは鼻を鳴らす。
「ふん。馬鹿者め」
腕を組みながら不敵に笑った。
「貴様に言われずとも分かる。あれだけの歓声を聞けばな」
口調こそ素っ気ない。
しかし、その表情はどこか満足げだった。
どうやら魚人達の反応は、グリムフィッシャーにとっても予想以上だったらしい。
「では、予定通り準備が整い次第出陣、ということで宜しいのですね?」
「ああ」
グリムフィッシャーは頷く。
「そちらの手筈は問題ないのだろうな?」
「勿論です」
部下は胸を張った。
「既に全て整えております」
「そうか」
短く返答する。
その声音には絶対的な信頼が滲んでいた。
どうやら今回の計画は、かなり以前から周到に準備されていたらしい。
もはや後戻りはない。
全ては決行の日を待つのみであった。
しばし沈黙が流れる。
やがて部下は静かに口を開いた。
「……いよいよ、我々魚人が地上を支配する時が来るのですね」
その言葉を聞いた瞬間――。
グリムフィッシャーの口元が吊り上がる。
「ああ。その通りだ」
鋭い牙を覗かせながら笑った。
「海は全ての生命の母」
ゆっくりと両腕を広げる。
「つまり海に生きる我々こそ、生物界の頂点に立つべき存在なのだ」
その瞳には狂信にも似た光が宿っていた。
「愚かな地上の生物共に思い知らせてやる」
拳を握り締める。
「誰が真の支配者なのかをな!」
「ふははははははは!!」
海底に響く高笑い。
その声には揺るぎない自信が満ちていた。
魚人達の目的は単なる侵略ではない。
自らが全生命の頂点であると証明すること。
それこそが彼らの悲願だった。
「あの忌々しい勇者さえいなければ……」
ふと、グリムフィッシャーの表情が歪む。
脳裏に十年前の記憶が蘇ったのだろう。
「十年前には既に地上を手中に収めていた」
悔しげに歯を噛み締める。
だが、その顔はすぐに笑みに変わった。
「しかし、その勇者も今や消息不明」
「姿を消してから十年」
「生きているかどうかすら分からぬ」
その言葉には確信があった。
「これ以上ない好機だ」
グリムフィッシャーは拳を見つめる。
そこには十年前とは比較にならない力が宿っていた。
「あの時負った傷もほぼ癒えた」
「そして何より――」
その瞳が妖しく輝く。
「私は遂に『あの技』を習得した」
側近の表情が変わる。
その技がどれほど強力なのか知っているからだ。
グリムフィッシャーはゆっくりと地上を見上げた。
厚い海水の向こう。
そこに存在する人間達の世界を。
「今の私なら勇者が相手でも負けはせん」
絶対的な自信。
それは慢心ではない。
長年積み重ねてきた実力から来る確信だった。
「ならば今度こそ成功する」
「いや――」
拳を強く握り締める。
「必ず成し遂げてみせる!」
その宣言はまるで世界そのものに向けられているかのようだった。
そして。
グリムフィッシャーは天を仰ぐ。
その先にいるであろう存在へ向かって。
恭しく頭を下げた。
「見ていてください、魔王様」
狂信者のような熱が声に宿る。
「このグリムフィッシャー」
「必ずや地上を征服し――」
「貴方様の理想とする世界の礎を築いてみせましょうぞ!」
忠誠。
尊敬。
憧憬。
その全てが込められた誓いだった。
「待っていろ、人間共」
グリムフィッシャーは獰猛に笑う。
鋭い牙が不気味に光った。
「『十死怪』にまで上り詰めたこの私の恐ろしさ」
巨大な三叉槍を握り締める。
「その身をもって思い知るがいい!!」
「ふはははははははははははははは!!!!」
狂気にも似た笑い声が海底へ轟いた。
十死怪。
それは魔王軍最強格の怪物達にのみ与えられる称号。
そして、その一角を担う魚人――グリムフィッシャー。
彼が主導する【魔海の大行進《マリンズ・パレード》】は、今まさに動き出そうとしていた。
無論、その事実をサダメ達が知る由もない。
彼らはまだ、明日も今日と同じ平和な一日が続くと思っている。
だが――。
破滅への時計は既に動き始めていた。
魔海の大行進、決行まで。
残り十五時間。