「皆さん、落ち着いて避難してください! 怪我をされている方はいませんかー!?」
私が再び海へ向かおうとした、その時だった。
突如として避難警報のアナウンスが鳴り響いた。
海から魔物の群れが接近している――。
最初にそれを聞いた時、私はすぐには理解できなかった。
魔物の襲撃。
あまりにも突然すぎる話だったからだ。
周囲で海水浴を楽しんでいた人達も同じだった。
皆、何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くしている。
しかし、その状態は長くは続かなかった。
状況を理解した人から順に顔色を変え、一斉に避難を始めたのだ。
「逃げろ!」
「早く海から離れろ!」
「押さないでください!」
瞬く間に海岸は混乱に包まれた。
我先にと出口へ向かう人々。
焦りから他人を押し退ける者。
転倒する者。
泣き出す子供。
辺りはまさに大混乱だった。
このままでは危ない。
そう直感した。
人の波の中には小さな子供もいれば、お年寄りもいる。
誰かが転べば将棋倒しになる危険だってある。
魔物が来る前に、人混みの事故で怪我人が出てもおかしくなかった。
私は思わずその場に踏み留まる。
もし怪我人がいるなら、治癒魔法を使える自分にできることがあるはずだ。
だからこそ、ギリギリまでここに残ろうと思った。
「落ち着いてください! 慌てなくても避難できますから!」
何度も声を張り上げる。
けれど、その声は人々の悲鳴や怒号にかき消されてしまう。
誰もこちらを見てくれない。
私一人の声では到底追いつかなかった。
どうしよう。
このまま混乱が続けば、本当に死人が出るかもしれない。
焦りが胸を締め付ける。
その時だった。
「うぇぇぇん!! ママー! どこー!?」
幼い泣き声が耳に飛び込んできた。
「ッ!?」
反射的に振り返る。
そこにはまだ小さな男の子が一人、立ち尽くしながら泣いていた。
周囲を見回しても保護者らしき姿は見当たらない。
人混みの中ではぐれてしまったのだろう。
こんな状況で一人きりにしておけるはずがない。
私はすぐに男の子の元へ駆け寄った。
「大丈夫!? お母さんとはぐれちゃったの?」
「うぅ……」
男の子は涙で濡れた顔を上げる。
私はできるだけ安心させるよう優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが一緒に探してあげるから」
「……ほんと?」
「うん!」
力強く頷く。
「お母さんもきっと君のこと探してるよ。だから一緒に見つけよう?」
「う、うん……!」
男の子は小さく頷いた。
さっきまで泣きじゃくっていた顔にも、少しだけ安心した様子が戻っている。
私はそっと手を差し出した。
「危ないから手を繋ごう?」
「うん!」
小さな手がぎゅっと握り返してくる。
その温もりを感じながら、私は男の子のお母さんを探そうと歩き出した。
少しでも早く再会させてあげたい。
その一心だった。
――その時。
「ミオ!!」
聞き慣れた声が響いた。
「サダメ!?」
振り返ると、人混みをかき分けながらこちらへ駆け寄ってくるサダメの姿があった。
かなり慌てた様子だ。
「何やってるんだミオ!? 早く避難するぞ!」
どうやら私を探しに来てくれたらしい。
その気持ちは嬉しかった。
けれど、今はまだ離れられない。
「ごめん!」
私は男の子の手を握ったまま答える。
「この子がお母さんとはぐれちゃったの! 先に見つけてあげないと!」
「なっ……」
サダメの表情が固まる。
無理もない。
今は一刻を争う状況だ。
でも、この子を置いて行くことなんて私にはできなかった。
「私は後で追いかけるから! だから先に――」
言いかけたところで、サダメは額を押さえながら大きく息を吐いた。
そして数秒考えた後、すぐに顔を上げる。
「……なら俺も手伝う」
「え?」
「君、兄ちゃんの背中に乗れるか?」
男の子へ向かって問いかける。
「そこから大声でお母さんを呼ぶんだ。人混みの上なら見つけてもらいやすい」
「あ……」
思わず声が漏れた。
確かにそれなら探しやすい。
サダメらしい、冷静で合理的な判断だった。
「サダメ……」
「時間がない。急ぐぞ」
短くそう言って男の子を背負う。
その行動に迷いはなかった。
だから私もすぐに頷く。
「うん!」
こうして私とサダメは協力しながら、男の子のお母さんを探し始めた。
迫り来る危機の中、一秒でも早く親子を再会させるために。