転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー29

 「ママー!!」

 

 「よかった……! 本当によかったぁ……!」

 

 男の子の声に反応し、人混みの向こうから一人の女性が駆け寄ってくる。

 

 次の瞬間、彼女は我が子を強く抱き締めた。

 

 「ごめんね……! 怖かったよね……!」

 

 「ママぁ……!」

 

 再会を果たした親子は、その場で涙を流しながら抱き合っていた。

 

 その光景を見て、私も思わず胸を撫で下ろす。

 

 本当に見つかってよかった。

 

 もしこのまま離れ離れになっていたらと思うと、考えるだけで恐ろしい。

 

 「ありがとうございます……! 本当にありがとうございました!」

 

 母親は涙を浮かべながら何度も頭を下げた。

 

 「なんとお礼を言えばいいか……」

 

 「いえ、気にしないでください」

 

 私は慌てて首を横に振る。

 

 「それより、ここも安全とは限りません。早く避難してください」

 

 「はい……!」

 

 女性は何度も感謝の言葉を口にしながら頷いた。

 

 「息子のこと、本当にありがとうございました」

 

 「ありがとう! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」

 

 男の子も元気よく手を振る。

 

 その笑顔を見て、自然と私も笑みを浮かべていた。

 

 「もうお母さんと離れちゃ駄目だよ?」

 

 「うん!」

 

 「じゃあね!」

 

 親子は避難する人々の列へと駆けていく。

 

 その後ろ姿が見えなくなるまで見送った私は、小さく息を吐いた。

 

 ひとまず、一人は助けられた。

 

 けれど――

 

 「よし。他に逃げ遅れている人は……」

 

 再び海岸へ視線を向ける。

 

 まだ避難が完了したとは言い難い。

 

 混乱は続いているし、怪我人が出ている可能性もある。

 

 だから私は再び歩き出そうとした。

 

 しかし。

 

 「ッ!? 待て!」

 

 強い力で腕を掴まれる。

 

 振り返ると、そこには険しい表情のサダメがいた。

 

 「まだ何かする気か?」

 

 低く押し殺した声。

 

 その声音だけで、彼が本気で怒っていることが分かった。

 

 「ご、ごめん。でも――」

 

 私は視線を逸らしながら答える。

 

 「まだ怪我してる人がいるかもしれないから。私の治癒魔法なら助けられる人も――」

 

 最後まで言い切ることはできなかった。

 

 「ミオ!!」

 

 鋭い怒声が飛んできたからだ。

 

 「ッ!?」

 

 思わず肩が震える。

 

 サダメのこんな声を聞いたのは初めてだった。

 

 いつも冷静な彼が、今は鬼気迫る表情で私を見つめている。

 

 怒っている。

 

 それが嫌というほど伝わってきた。

 

 「いい加減にしろ!」

 

 その言葉に、私は思わず息を呑む。

 

 「今回は任務じゃないんだ!」

 

 サダメは一歩踏み出す。

 

 「魔物はもうすぐそこまで来てる!」

 

 さらに声を強める。

 

 「あれだけの数の魔物が迫ってる状況で逃げ遅れたらどうなるか、お前だって分かってるだろ!?」

 

 「……」

 

 反論できない。

 

 頭では理解しているからだ。

 

 「今日の俺達はただの学生だ」

 

 サダメは真っ直ぐ私を見る。

 

 「ここから先は騎士団や冒険者達の仕事だ。俺達が出しゃばる場所じゃない」

 

 厳しい言葉だった。

 

 けれど、そのどれもが正しかった。

 

 私は何も言い返せなかった。

 

 ただ黙って俯くことしかできない。

 

 怖かった。

 

 怒られたこともそうだ。

 

 でも、それ以上に。

 

 サダメの言葉が正論だと分かってしまう自分がいた。

 

 今日は任務ではない。

 

 私達は休暇で海へ遊びに来ただけの学生だ。

 

 そんな私達が取るべき行動は一つしかない。

 

 避難すること。

 

 サダメは何も間違っていない。

 

 むしろ間違っているのは私の方だ。

 

 それは分かっている。

 

 ちゃんと分かっている。

 

 だけど――

 

 私は目を閉じる。

 

 頭の中に浮かぶのは、助けを求める人達の姿だった。

 

 泣いている子供。

 

 怪我をした人。

 

 逃げ惑う人々。

 

 もし自分に助けられる力があるのなら。

 

 もし一人でも救える可能性があるのなら。

 

 見て見ぬふりなんてしたくない。

 

 だから。

 

 「……それでも、私は――」

 

 言葉を紡ごうとした。

 

 自分の気持ちを伝えようとした。

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                「……えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に足元から浮遊感が襲う。

 

 景色が傾く。

 

 地面が離れていく。

 

 身体が――浮いていた。

 

 何が起きたのか理解できない。

 

 思考が真っ白になる。

 

 ただ一つ分かったのは。

 

 今、自分の身に何か異常なことが起きているという事実だけだった。

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