「ママー!!」
「よかった……! 本当によかったぁ……!」
男の子の声に反応し、人混みの向こうから一人の女性が駆け寄ってくる。
次の瞬間、彼女は我が子を強く抱き締めた。
「ごめんね……! 怖かったよね……!」
「ママぁ……!」
再会を果たした親子は、その場で涙を流しながら抱き合っていた。
その光景を見て、私も思わず胸を撫で下ろす。
本当に見つかってよかった。
もしこのまま離れ離れになっていたらと思うと、考えるだけで恐ろしい。
「ありがとうございます……! 本当にありがとうございました!」
母親は涙を浮かべながら何度も頭を下げた。
「なんとお礼を言えばいいか……」
「いえ、気にしないでください」
私は慌てて首を横に振る。
「それより、ここも安全とは限りません。早く避難してください」
「はい……!」
女性は何度も感謝の言葉を口にしながら頷いた。
「息子のこと、本当にありがとうございました」
「ありがとう! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
男の子も元気よく手を振る。
その笑顔を見て、自然と私も笑みを浮かべていた。
「もうお母さんと離れちゃ駄目だよ?」
「うん!」
「じゃあね!」
親子は避難する人々の列へと駆けていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送った私は、小さく息を吐いた。
ひとまず、一人は助けられた。
けれど――
「よし。他に逃げ遅れている人は……」
再び海岸へ視線を向ける。
まだ避難が完了したとは言い難い。
混乱は続いているし、怪我人が出ている可能性もある。
だから私は再び歩き出そうとした。
しかし。
「ッ!? 待て!」
強い力で腕を掴まれる。
振り返ると、そこには険しい表情のサダメがいた。
「まだ何かする気か?」
低く押し殺した声。
その声音だけで、彼が本気で怒っていることが分かった。
「ご、ごめん。でも――」
私は視線を逸らしながら答える。
「まだ怪我してる人がいるかもしれないから。私の治癒魔法なら助けられる人も――」
最後まで言い切ることはできなかった。
「ミオ!!」
鋭い怒声が飛んできたからだ。
「ッ!?」
思わず肩が震える。
サダメのこんな声を聞いたのは初めてだった。
いつも冷静な彼が、今は鬼気迫る表情で私を見つめている。
怒っている。
それが嫌というほど伝わってきた。
「いい加減にしろ!」
その言葉に、私は思わず息を呑む。
「今回は任務じゃないんだ!」
サダメは一歩踏み出す。
「魔物はもうすぐそこまで来てる!」
さらに声を強める。
「あれだけの数の魔物が迫ってる状況で逃げ遅れたらどうなるか、お前だって分かってるだろ!?」
「……」
反論できない。
頭では理解しているからだ。
「今日の俺達はただの学生だ」
サダメは真っ直ぐ私を見る。
「ここから先は騎士団や冒険者達の仕事だ。俺達が出しゃばる場所じゃない」
厳しい言葉だった。
けれど、そのどれもが正しかった。
私は何も言い返せなかった。
ただ黙って俯くことしかできない。
怖かった。
怒られたこともそうだ。
でも、それ以上に。
サダメの言葉が正論だと分かってしまう自分がいた。
今日は任務ではない。
私達は休暇で海へ遊びに来ただけの学生だ。
そんな私達が取るべき行動は一つしかない。
避難すること。
サダメは何も間違っていない。
むしろ間違っているのは私の方だ。
それは分かっている。
ちゃんと分かっている。
だけど――
私は目を閉じる。
頭の中に浮かぶのは、助けを求める人達の姿だった。
泣いている子供。
怪我をした人。
逃げ惑う人々。
もし自分に助けられる力があるのなら。
もし一人でも救える可能性があるのなら。
見て見ぬふりなんてしたくない。
だから。
「……それでも、私は――」
言葉を紡ごうとした。
自分の気持ちを伝えようとした。
その瞬間だった。
「……えっ?」
不意に足元から浮遊感が襲う。
景色が傾く。
地面が離れていく。
身体が――浮いていた。
何が起きたのか理解できない。
思考が真っ白になる。
ただ一つ分かったのは。
今、自分の身に何か異常なことが起きているという事実だけだった。