転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー30

 「……えっ?」

 

 海岸へ戻ろうとしていたミオに説教していた、その時だった。

 

 何かを言いかけた彼女の身体が、不意に宙へと浮かび上がる。

 

 「なっ!?」

 

 思わず目を見開く。

 

 だが、それは浮いたのではない。

 

 次の瞬間、自分は異変の正体を理解した。

 

 ミオの身体に巻き付いているもの。

 

 それは巨大な白い触手だった。

 

 まるで蛇のようにうねるそれが、彼女の腰へ絡み付き、そのまま軽々と持ち上げていたのだ。

 

 一瞬、思考が停止する。

 

 何が起きたのか理解できない。

 

 理解が追い付かない。

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 だが、その混乱も束の間だった。

 

 白い触手はミオを捕らえたまま、凄まじい速度で海岸方向へと引きずり始める。

 

 「ッ!?」

 

 ようやく我に返る。

 

 海岸から伸びている。

 

 そう理解した瞬間、全身から血の気が引いた。

 

 ここは海岸から二百メートル以上離れているはずだ。

 

 それなのに届くのか?

 

 あれほどの距離を?

 

 まさか、もう魔物が上陸しているのか。

 

 それとも伏兵か。

 

 次々と疑問が浮かぶ。

 

 だが――

 

 違う。

 

 今考えるべきことはそんなことじゃない。

 

 「ミオォォォォォッ!!!」

 

 叫びながら駆け出す。

 

 全力で。

 

 砂を蹴り上げながら。

 

 ただ彼女へ向かって。

 

 「サダメェェェェッ!!!」

 

 ミオも必死に手を伸ばしていた。

 

 触手に捕らわれながら、それでもこちらへ腕を伸ばしてくる。

 

 自分も限界まで腕を伸ばす。

 

 あと少し。

 

 あと少しで届く。

 

 そう思った。

 

 だが――

 

 届かない。

 

 距離は縮まるどころか、逆に開いていく。

 

 触手が引き戻す速度が速すぎるのだ。

 

 「くそっ……!」

 

 追い付けない。

 

 このままでは絶対に追い付けない。

 

 頭の中で必死に方法を探す。

 

 脱兎跳躍《ラジャスト》。

 

 使うか?

 

 いや、間に合わない。

 

 魔法は?

 

 駄目だ。

 

 触手は激しく動いている。

 

 この状況で正確に狙える保証はない。

 

 外せば終わりだ。

 

 いや、仮に当たったとしてもミオを巻き込む危険がある。

 

 どの選択肢も決定打にならない。

 

 焦る。

 

 焦れば焦るほど思考は鈍る。

 

 まともな案が浮かばない。

 

 何もできない。

 

 本当に何も。

 

 このまま海へ連れ去られたらどうなるか。

 

 そんなことは考えるまでもなかった。

 

 助からない。

 

 ほぼ確実に。

 

 それだけは分かる。

 

 「サダ……メ……ごめ……ん……ね……」

 

 遠ざかるミオの声。

 

 涙を浮かべたその顔が見える。

 

 その瞬間。

 

 胸の奥が締め付けられた。

 

 「くっ……そぉぉぉぉ……!」

 

 悔しい。

 

 ただひたすら悔しい。

 

 ミオだけは失いたくなかった。

 

 絶対に守ると決めていた。

 

 なのに。

 

 何もできない。

 

 目の前で連れ去られていく彼女を見ていることしかできない。

 

 あの時、無理やりにでも連れて行けばよかった。

 

 もっと早く異変に気付いていれば。

 

 もっと強ければ。

 

 もっと――

 

 後悔ばかりが脳裏を埋め尽くしていく。

 

 今さら考えても意味がない。

 

 そんなことは分かっている。

 

 それでも考えずにはいられなかった。

 

 頼む。

 

 誰でもいい。

 

 誰か。

 

 ミオを――

 

 助けてくれ。

 

 その時だった。

 

 「はあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 轟音のような咆哮が響き渡る。

 

 「――ッ!?」

 

 次の瞬間。

 

 雷光が走った。

 

 文字通り、一筋の稲妻が自分の横を通り過ぎていく。

 

 速い。

 

 あまりにも速すぎる。

 

 視線で追うことすらできなかった。

 

 そして――

 

 閃光。

 

 白い触手が宙を舞う。

 

 切断されたのだ。

 

 一瞬だった。

 

 触手がミオを海へ引きずり込むよりも早く。

 

 誰かが追い付き。

 

 誰かが斬り捨てた。

 

 ミオの身体が解放される。

 

 「う゛っ!?」

 

 触手を失った反動で彼女の身体が宙を舞った。

 

 だが、その身体は落下する前にしっかりと抱き止められる。

 

 まるで最初からそうなることが分かっていたかのように。

 

 「……お前は……」

 

 信じられない思いで、その人物を見上げる。

 

 雷を纏う身体。

 

 黄金色に輝く長髪。

 

 全身から放たれる圧倒的な存在感。

 

 見間違えるはずがない。

 

 「……マヒロ、か」

 

 ミオを抱き抱えたまま立っていたのは――

 

 雷光をその身に纏ったマヒロだった。

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