「そ、それよりマヒロ」
気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いを一つ。
「ミオを助けてくれてありがとな」
改めて礼を口にする。
もし彼女が間に合わなければ、今頃どうなっていたか分からない。
そう思うだけで背筋が寒くなった。
「気になさるな」
マヒロは刀を肩に担ぎながら、いつもの調子で答える。
「間一髪のところで間に合って本当に良かったでござるよ」
その言葉に嘘はないのだろう。
むしろ本人も心底安堵しているように見えた。
「けど、よく気付いたな」
自分は素直な疑問を口にする。
「さっきまで昼飯の食い過ぎで完全にダウンしてただろ?」
ほんの十分ほど前までテントで横になっていたはずだ。
そんな彼女が、どうしてこの異変に真っ先に気付けたのか。
「うむ」
マヒロは小さく頷いた。
「横になっておった時に妙な気配を感じ取ったのでござるよ」
「気配?」
「起きて周囲を確認したら、その気配がサダメ達の方からしていたのでござる。故に急いで鳴雷を使って飛んで来たという訳でござるな」
なるほど。
魔力感知とは違う何か。
剣士として培った直感なのか、それとも本人の天性の才能なのか。
詳細は分からない。
だが、その感覚のおかげでミオは助かった。
それだけは間違いない。
それにしても――
改めて考えると恐ろしい。
テントからここまでは数百メートルは離れていたはずだ。
それを僅か数秒で駆け抜けて来たのだから。
鳴雷の速度は何度見ても常識外れだった。
「しかし……」
マヒロが海の方へ視線を向ける。
「先程の触手は一体何なのでござろうな」
表情が僅かに曇る。
「拙者も色々な魔物を見てきたでござるが、あれほど巨大な触手は初めてで――」
その時だった。
「マヒロッ! 後ろ!!」
ミオの叫び声が響く。
「ッ!?」
海面が大きく盛り上がる。
次の瞬間。
白い触手が砂浜を抉りながら襲い掛かってきた。
先程ミオを捕らえたものと同じだ。
しかも今度は一本ではない。
複数。
獲物を逃すまいとする肉食獣のように一直線に迫ってくる。
だが。
マヒロは慌てなかった。
いや。
むしろ最初から気付いていたかのようだった。
「――抜刀」
静かな声。
そして。
「水龍」
鞘から刀が抜き放たれる。
瞬間。
彼女の髪と瞳が青く染まった。
刀身を包み込むように大量の水が集まり、その刃を形成していく。
透き通るような蒼。
鋼ではない。
水そのものが刃へと変貌していた。
期末試験で見た能力。
あの時はコンクリートの壁すら豆腐のように切り裂いていた。
その切れ味は疑いようもない。
「ふっ!」
振り向きざまの一閃。
それだけだった。
「――――」
触手は抵抗する暇すらなかった。
音もなく切断される。
切り口は異様なほど滑らかだった。
肉を斬ったというより、精密な職人が紙を裁断したかのような美しさ。
血飛沫すらほとんど上がらない。
切断された触手は力なく砂浜へ落下した。
「うおっ!?」
その光景に思わず声が漏れる。
何度見ても異次元だ。
「二人共、怪我はござらんか?」
マヒロは刀を構えたまま問い掛ける。
「あ、ああ」
「ありがとう、マヒロ。また助けてもらっちゃったね」
ミオも苦笑混じりに礼を言った。
「うむ」
マヒロは小さく頷く。
「それならばよし」
そして。
一歩前へ出た。
自分達を守るように。
立ちはだかるように。
「「ッ!?」」
自分とミオは同時に息を呑む。
海面が再び揺れたからだ。
一本。
二本。
三本。
四本。
先程よりもさらに多くの白い触手が姿を現していた。
まるで獲物を包囲するかのように。
不気味に蠢きながら。
ゆっくりとこちらへ向かってくる。
その異様な光景を前にしても、マヒロは微動だにしなかった。
刀を正眼に構える。
全身から凄まじい闘気が放たれる。
まるで歴戦の剣豪そのものだった。
「何者かは知らぬが」
マヒロは不敵に笑う。
そして刀の切っ先を触手へ向けた。
「二人に手出しはさせぬ」
強い声音だった。
揺るぎない自信がそこにはあった。
「掛かって来るでござるよ」
居合の構えを取る。
雷鳴の前触れのような静寂が周囲を包む。
そして――
「その触手、全て斬り落として刺身にしてしんぜよう!」
堂々たる挑発。
聞こえているかも分からない相手に向かって放たれた宣戦布告だった。