転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー38

 「くっ……! ふ、二人共……拙者のことは構わず逃げるでござ――」

 

 「黙れ」

 

 「う゛っ!?」

 

 「マヒロ!?」

 

 マヒロが俺達を逃がそうと声を上げた瞬間だった。

 

 クラーケンの触手が蛇のようにうねり、その一本が彼女の口元へ絡み付く。

 

 次の瞬間には、その大きな触手が完全に口を塞いでいた。

 

 「んっ! ん゛ん゛っ!」

 

 言葉どころか呼吸すらまともにできない。

 

 マヒロは苦しそうに身をよじる。

 

 まずい。

 

 あの太さだ。

 

 口だけでなく鼻まで圧迫されているかもしれない。

 

 このままでは本当に窒息する。

 

 「……っ」

 

 全身から嫌な汗が噴き出した。

 

 どうする。

 

 どうすればいい。

 

 俺が動けば触手がマヒロを引き裂く。

 

 動かなければ窒息死する。

 

 どちらを選んでも待っているのは死だ。

 

 ならば救出するしかない。

 

 だが、どうやって?

 

 触手を斬れば危険。

 

 近付けば警戒される。

 

 時間だけがどんどん過ぎていく。

 

 焦りが頭の中を埋め尽くしていた。

 

 「ふふふ……」

 

 そんな俺の様子を見て、スクイッドは心底楽しそうに笑った。

 

 「そうだ。その顔だ」

 

 気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ歩み出る。

 

 「お前達はそのまま動くなよ?」

 

 まるで勝者が敗者へ語り掛けるような余裕だった。

 

 「もっとも、どのみちこの娘に未来はないがな」

 

 スクイッドは拘束されたマヒロへ視線を向ける。

 

 「私の可愛い使い魔の触手を全て斬り落としたんだ。この罪は命で償わせねばならん」

 

 その声には怒りよりも愉悦が混じっていた。

 

 「さて、どちらがいい?」

 

 スクイッドは両手を広げる。

 

 「バラバラに引き裂かれて死ぬか」

 

 指を一本立てる。

 

 「このまま窒息して死ぬか」

 

 さらにもう一本立てる。

 

 「あるいは――」

 

 口元が大きく歪む。

 

 「私が今すぐ楽にしてやろうか?」

 

 「ん゛っ!?」

 

 「ッ!?」

 

 直後。

 

 マヒロを拘束している触手がさらに強く締め付けた。

 

 ぎちっ――。

 

 嫌な音が聞こえた気がした。

 

 「んん゛っ! ん゛っ!」

 

 マヒロの身体が大きく震える。

 

 苦痛に耐えるように眉を歪め、その顔色もみるみる悪くなっていく。

 

 「やめろっ!!」

 

 思わず叫んでいた。

 

 だが、スクイッドは楽しそうに笑うだけだ。

 

 「はははははっ!」

 

 まるで子供が玩具で遊んでいるかのような笑い声だった。

 

 違う。

 

 玩具ですらない。

 

 こいつにとってマヒロは暇潰しの道具でしかないのだ。

 

 「いいのか?」

 

 スクイッドはわざとらしく首を傾げる。

 

 「このままだと苦しみながら死ぬぞ?」

 

 「……っ」

 

 「どうせ助からないんだ。楽にしてやるのも温情ではないか?」

 

 「この……!」

 

 拳を握り締める。

 

 怒りで身体が震える。

 

 だが動けない。

 

 動いた瞬間、マヒロが死ぬ。

 

 それが分かっているからだ。

 

 「くそ野郎が……!」

 

 ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。

 

 スクイッドはそんな俺を見て満足そうに笑う。

 

 完全に楽しんでいる。

 

 俺達が苦しむ姿を。

 

 助けたいのに助けられない絶望を。

 

 人の命を弄ぶことを。

 

 絶対に許せない。

 

 だが――。

 

 どうしようもなかった。

 

 助ける方法が思い付かない。

 

 せっかくミオを救えたと思ったのに、今度はマヒロだ。

 

 何もできない自分が情けない。

 

 無力な自分が腹立たしい。

 

 怒りと焦りで頭が真っ白になりそうだった。

 

 それでも暴走だけはしてはいけない。

 

 俺は唇を強く噛み締める。

 

 血の味が広がる。

 

 それでも思考はまとまらない。

 

 どうする。

 

 どうしたらいい。

 

 どうすれば――。

 

 「……サダメ」

 

 「ッ!?」

 

 その時だった。

 

 かすかな声が耳に届く。

 

 隣を見る。

 

 ミオだった。

 

 スクイッドに聞こえないよう、声を潜めている。

 

 「ミオ?」

 

 彼女の表情は緊張していた。

 

 だが、その瞳には諦めの色がない。

 

 むしろ何かを決意したような強い光が宿っていた。

 

 「私に考えがあるの」

 

 「……!」

 

 思わず目を見開く。

 

 こんな状況で?

 

 この絶望的な状況を打開する方法があるというのか?

 

 ミオは小さく頷いた。

 

 そして誰にも聞こえないよう、さらに声を潜める。

 

 「上手くいけば――」

 

 一瞬の間。

 

 俺の心臓が大きく跳ねた。

 

 「マヒロを助けられるかもしれない」

 

 その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように聞こえた。

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