「……サダメ。準備できたよ?」
「ッ……おう。分かった」
いつの間にかミオの準備は整っていたらしい。
スクイッドの熱弁に気を取られていたせいで気付かなかった。
だが好都合だ。
マヒロもそろそろ限界だろう。
これ以上時間をかけるわけにはいかない。
俺は小さく頷き、再びスクイッドへ視線を向けた。
「なあ」
「ん?」
まだ興奮冷めやらぬ様子のスクイッドがこちらを見る。
俺はわざと鼻で笑った。
「お前がグリムフィッシャーに心酔してるのはよーく分かったよ」
「ほう?」
「けどさ」
わざとらしく肩をすくめる。
「なんかおかしくねぇか?」
スクイッドの眉がぴくりと動いた。
「……何がおかしい?」
声色が変わる。
さっきまでの余裕が少しだけ消えていた。
よし。
食い付いた。
「だってそうだろ?」
俺は挑発するように笑う。
「そんなに凄い奴なら、自分で先頭に立てばいいじゃねぇか」
「……」
「部下を率いて戦う方が士気だって上がるだろうしな」
周囲を見回す。
「なのに肝心の本人はどこにもいない」
そして決定打を放つ。
「結局、お前らの王様って部下の後ろに隠れてるだけの臆病者なんじゃねぇの?」
「貴様ァッ!!」
怒声が響く。
スクイッドの顔色がみるみる変わっていく。
白い肌が赤く見えるほどだった。
どうやら図星だったらしい。
「いや、そもそも十死怪って話も怪しいよな」
俺はさらに追撃する。
「さっきから妙に歯切れ悪かったし」
「……」
「本当は十死怪でも何でもないんじゃないのか?」
スクイッドの肩が震える。
怒りで。
「どうせ名前だけ借りてるんだろ?」
「黙れ……」
「だってそうだろ? 十死怪なんて聞けば普通はビビるしな」
「黙れと言っている!」
「見栄張りの王様を持つと大変だな――」
「この不届き者がァァァァッ!!」
完全に爆発した。
スクイッドは激昂し、触腕を振り回しながら怒鳴る。
「グリムフィッシャー様を侮辱するとは万死に値する!」
その目には理性の欠片もなかった。
「貴様がそこまで言うなら、この娘を今すぐ――」
その瞬間。
俺は叫んだ。
「今だ! ミオ!」
「うん! 任せて!」
待ってましたと言わんばかりにミオが前へ出る。
両手を掲げ、魔力を解放した。
次の瞬間。
周囲の風が一気に強まる。
ざわり、と海面が揺れた。
「吹き荒らせ、波をも起こす沖つ風よ。海上を沸き立つかのごとく揺らしまくれ! 【
詠唱が完成した瞬間だった。
轟ッ!!
猛烈な突風が海岸一帯を吹き抜ける。
同時に海面が大きくうねり始めた。
まるで嵐が発生したかのように。
高波が次々と押し寄せ、海そのものが暴れ出す。
「なっ!?」
スクイッドが目を見開く。
クラーケンの巨体が大きく揺れた。
足場代わりにしていた頭部も安定を失い、スクイッドは慌てて体勢を立て直そうとする。
「ぐっ!?」
「ギュオオオオッ!」
クラーケン自身も波に翻弄されていた。
触手が上下左右に振り回される。
もはやマヒロを締め付ける余裕などない。
「サダメ!」
ミオが叫ぶ。
俺へ向けて。
その一言だけで十分だった。
「おう!」
何をするべきかは分かっている。
俺は一気に駆け出した。
砂浜を蹴る。
全力で。
「業火の炎よ。鉄より硬き剣《つるぎ》となり、我が元に顕現せよ! 【業火剣《ヘルファード》】!」
炎が収束する。
右手に灼熱の剣が現れた。
これでいい。
あとは斬るだけだ。
ミオの作戦は実に大胆だった。
スクイッドを倒すのではない。
海そのものを荒らし、敵全員の体勢を崩す。
その隙に俺が救出する。
単純だが効果的。
そして今、その好機は目の前にあった。
「はああああっ!!」
脱兎跳躍を発動。
一気に宙へ跳ぶ。
風を切り裂きながらマヒロの元へ迫る。
そして――。
閃いた。
業火剣の軌跡が赤い弧を描く。
ズバァッ!!
マヒロを拘束していた触手がまとめて切断された。
「んむっ!?」
自由になったマヒロの身体が宙へ投げ出される。
俺はそのまま彼女を抱き留めた。
「マヒロ!」
「サ、サダメ……!」
間に合った。
本当にギリギリだった。
だが――。
救出は成功した。
俺達はついに、スクイッドの人質作戦を打ち破ったのだった。