転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー41

 「……ふう」

 

 業火剣《ヘルファード》でクラーケンの触手を斬り落とし、なんとかマヒロの救出に成功する。

 

 張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩み、自然と安堵の息が漏れた。

 

 本当にギリギリだった。

 

 あと少し遅れていたらどうなっていたか分からない。

 

 「がはっ! ごほっ、ごほっ!」

 

 「マヒロ! 大丈夫!?」

 

 拘束から解放されたマヒロは、その場に膝をつきながら激しく咳き込んでいた。

 

 ミオは慌てて駆け寄り、その背中を優しくさする。

 

 呼吸は苦しそうだが、意識はしっかりしている。

 

 命に別状はなさそうだ。

 

 それだけで十分だった。

 

 「はあ……はあ……。す、すまぬでござる、二人共……。拙者が油断したばかりに……」

 

 「そんなこと気にしなくていいから!」

 

 ミオは即座に首を横に振る。

 

 「私達は無事なんだから。それより怪我は?」

 

 そう言いながらマヒロの身体を確認する。

 

 すると、触手で締め付けられていた箇所には痛々しい痣が幾つも残っていた。

 

 「ひどい……」

 

 ミオの表情が曇る。

 

 「待ってて。今すぐ治癒魔法をかけるから」

 

 慣れた手つきで魔力を練り始める。

 

 流石だ。

 

 こういう時の判断が本当に早い。

 

 とりあえずマヒロは任せて問題なさそうだ。

 

 「くっ……くそっ!」

 

 その時だった。

 

 海上から憎しみに満ちた声が響く。

 

 「よくもやってくれたなぁ……! クソガキ共!!」

 

 スクイッドだった。

 

 荒れ狂っていた海も徐々に落ち着きを取り戻し始めている。

 

 そして、それに合わせるようにスクイッドの怒りも膨れ上がっていた。

 

 先程までの余裕など微塵も残っていない。

 

 あるのは怒りだけだ。

 

 「もう容赦はせん!」

 

 スクイッドは歯を剥き出しにして叫ぶ。

 

 「全員この私の手で殺してやる!!」

 

 「……」

 

 思わず業火剣を握り直す。

 

 助かったとはいえ、まだ終わっていない。

 

 いや――。

 

 むしろここからが本番だ。

 

 マヒロは消耗している。

 

 ミオは治療に集中している。

 

 今この場で戦えるのは俺だけだ。

 

 ならやるしかない。

 

 幸い、クラーケンは大きく弱体化している。

 

 一体は触手を全て失っている。

 

 もう一体も拘束用の触手を失い、本来の戦力を発揮できないはずだ。

 

 問題はスクイッド本人。

 

 だが、ここまでの戦いを見る限り、奴は使い魔を主体に戦うタイプ。

 

 ライラック先生のような使役魔法の使い手なのだろう。

 

 本人の戦闘能力は未知数だが、少なくとも近接戦闘が得意そうには見えない。

 

 こちらには業火剣がある。

 

 勝機は十分にあるはずだ。

 

 恐れるな。

 

 今度こそ守るんだ。

 

 二人を。

 

 「いくぞ、人間共……」

 

 スクイッドが殺気を放つ。

 

 クラーケン達も低く唸り声を上げた。

 

 空気が張り詰める。

 

 次の瞬間には戦闘が始まる。

 

 そう思った、その時だった。

 

 「――こんな所で何をしている? スクイッド」

 

 「ぐえっ!?」

 

 「ッ!?」

 

 突如として、スクイッドの身体が宙へ浮いた。

 

 何が起きたのか理解できない。

 

 いや。

 

 違う。

 

 誰かがスクイッドの首を掴み、そのまま持ち上げていたのだ。

 

 「なっ……」

 

 俺は目を見開く。

 

 いつ現れた。

 

 どこから来た。

 

 全く分からなかった。

 

 気配も。

 

 魔力も。

 

 足音すらなかった。

 

 まるで最初からそこにいたかのように自然に立っている。

 

 だが、その存在感だけは圧倒的だった。

 

 スクイッドですら抵抗できない。

 

 それどころか蛇に睨まれた蛙のように震えている。

 

 「グ、グリムフィッシャー……様?」

 

 「ッ!?」

 

 その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

 グリムフィッシャー。

 

 海滅隊の王。

 

 十死怪。

 

 今回の襲撃の首謀者。

 

 俺は目の前の存在を改めて見上げる。

 

 デカい。

 

 スクイッドが小さく見えるほどの巨体。

 

 岩のように隆起した筋肉。

 

 鋭い牙が並ぶ鮫の頭部。

 

 全身から漂う圧倒的な威圧感。

 

 そして何より――。

 

 殺気。

 

 それは今まで感じたことのない種類のものだった。

 

 まるで巨大な海獣を目の前にしたかのような本能的恐怖。

 

 呼吸が重い。

 

 足が勝手に震える。

 

 ただ立っているだけなのに。

 

 ただそこにいるだけなのに。

 

 周囲の空気そのものが支配されているようだった。

 

 理解する。

 

 スクイッドなんかとは比較にならない。

 

 こいつが本物だ。

 

 こいつこそが――海滅隊を率いる王。

 

 十死怪、グリムフィッシャーだった。

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