転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー42

 「がっ……!? あ゛、あ゛あ゛あ゛っ……! グ、グリムフィッシャー……様……。い、一体……何を……」

 

 「何をしているのか、と聞きたいのか?」

 

 低く重い声が響く。

 

 グリムフィッシャーはスクイッドの首を片手で掴んだまま、まるで虫でも見るかのような目を向けていた。

 

 「それはこちらの台詞だ」

 

 その声に怒鳴り声はない。

 

 だが、だからこそ恐ろしい。

 

 抑え込まれた怒りが滲み出ている。

 

 「貴様の役目は先行して結界を解除し、そのまま我らの侵攻を容易にすることだったはずだ」

 

 握る手にわずかに力が入る。

 

 「なのに何だ、この有様は」

 

 ミシッ――。

 

 嫌な音が聞こえた。

 

 スクイッドの身体がびくりと震える。

 

 「藻屑にもならん人間三人ごときに足止めされるとは」

 

 「も゛っ……申し訳……ございま……」

 

 スクイッドは必死に謝罪を口にする。

 

 だが、その声はまともに言葉になっていない。

 

 首を締め上げられ、呼吸すら満足にできていないのだ。

 

 それでも許しを請うように懇願していた。

 

 「……」

 

 俺は思わず息を呑む。

 

 二メートルを超える巨体のスクイッドを、片腕だけで持ち上げている。

 

 それだけでも異常だ。

 

 だが本当に恐ろしいのはそこではない。

 

 グリムフィッシャーは全く感情を揺らしていない。

 

 怒っているはずなのに。

 

 部下を処罰しているはずなのに。

 

 その表情はどこまでも冷めていた。

 

 まるで壊れた道具を処分する職人のように。

 

 この時点で理解してしまった。

 

 こいつは危険だ。

 

 スクイッドとは比較にならない。

 

 性格も。

 

 実力も。

 

 何もかもが。

 

 それに、あの殺気。

 

 近くにいるだけで息が苦しい。

 

 まるで巨大な海獣に睨まれているような圧迫感。

 

 身体が本能的に危険信号を鳴らしている。

 

 冷や汗が止まらなかった。

 

 これが海滅隊の王。

 

 魚人族を率いる怪物。

 

 十死怪――グリムフィッシャー。

 

 「もうよい」

 

 グリムフィッシャーは短く告げた。

 

 その声に感情はない。

 

 「貴様には失望した」

 

 スクイッドの身体がびくりと震える。

 

 「我が海滅隊に雑魚は不要だ」

 

 「お、お待ちください……!」

 

 スクイッドは必死にもがく。

 

 「この失態……必ずや挽回してみせます……! ですから――」

 

 だが、グリムフィッシャーは聞いていない。

 

 いや。

 

 最初から聞く気などなかった。

 

 握る手にさらに力が込められる。

 

 「ぐっ……! あっ……!」

 

 スクイッドの顔色がみるみる青ざめていく。

 

 目が大きく見開かれる。

 

 口から泡が溢れ始める。

 

 それでもなお、助命を求めようとしていた。

 

 「グリムフィッシャー……様……!」

 

 その声は悲鳴だった。

 

 恐怖そのものだった。

 

 そして――。

 

 「ふん」

 

 グリムフィッシャーは鼻で笑った。

 

 次の瞬間。

 

 握り締めた腕が僅かに動く。

 

 それだけだった。

 

 「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 スクイッドの絶叫が海岸に響き渡る。

 

 そして、その叫びは突然途切れた。

 

 どさり、と。

 

 何かが海面へ落ちる音がする。

 

 「「ッ!?」」

 

 俺とミオは思わず目を見開いた。

 

 信じられなかった。

 

 いや、信じたくなかった。

 

 グリムフィッシャーは本当にやったのだ。

 

 躊躇もなく。

 

 ためらいもなく。

 

 長年仕えてきたであろう部下を、自らの手で始末した。

 

 俺の身体から血の気が引いていく。

 

 吐き気がした。

 

 胃がひっくり返りそうになる。

 

 耳には今もスクイッドの断末魔が残っていた。

 

 寒気がする。

 

 足が震える。

 

 これまで様々な魔物を見てきた。

 

 だが、ここまで冷酷な存在は初めてだった。

 

 「ふう」

 

 グリムフィッシャーは小さく息を吐く。

 

 まるで仕事を終えた後のように。

 

 「全く」

 

 海面に沈んでいくスクイッドへ一瞥を向ける。

 

 そこに哀れみはない。

 

 怒りすらない。

 

 あるのは軽蔑だけだった。

 

 「余計な手間を掛けさせおって」

 

 吐き捨てるように言う。

 

 「使えん雑魚め」

 

 その一言で全てを切り捨てた。

 

 仲間としての情も。

 

 部下としての功績も。

 

 何もかも。

 

 「少しでも貴様に期待した私が馬鹿だったようだな」

 

 冷たく言い放つ。

 

 その姿はまさに暴君だった。

 

 残虐非道。

 

 冷酷無慈悲。

 

 その全てを体現したかのような怪物。

 

 ――残忍《グリム》の名を冠する王。

 

 グリムフィッシャー。

 

 その異名に相応しい魔物が、今まさに目の前に立っていた。

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