転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー43

 「さて、と……」

 

 「ッ!?」

 

 スクイッドが絶命したことで、使い魔であったクラーケン達は淡い光となって消滅していく。

 

 その直前、グリムフィッシャーは軽々と海面へ飛び降りていた。

 

 そして――。

 

 こちらへ向かって歩き始める。

 

 ただそれだけの行動なのに、全身の毛が逆立った。

 

 心臓が嫌な音を立てる。

 

 先程の光景が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 部下を躊躇なく処分した冷酷さ。

 

 圧倒的な威圧感。

 

 そして、生物として格が違うと本能に訴えかけてくる殺気。

 

 恐ろしい。

 

 ただ純粋に恐ろしかった。

 

 「くっ……」

 

 慌てて業火剣《ヘルファード》を構える。

 

 だが、思うように力が入らない。

 

 剣を握る手が震えている。

 

 握り締めるだけで精一杯だった。

 

 落ち着け。

 

 落ち着くんだ。

 

 ここで怯えてどうする。

 

 マヒロはまだ消耗している。

 

 ミオも治癒魔法に集中している。

 

 今この場で戦えるのは自分しかいない。

 

 二人を守らなければ。

 

 せめてマヒロが戦える状態に戻るまでの間だけでも――。

 

 そう考えた、その瞬間だった。

 

 「まずは――貴様らからだ」

 

 「……え?」

 

 視界からグリムフィッシャーが消えた。

 

 本当に消えたように見えた。

 

 瞬きをしたわけでもない。

 

 目を逸らしたわけでもない。

 

 それなのに、目の前にいた巨体が跡形もなく消失したのだ。

 

 理解が追いつかない。

 

 だが、次の瞬間には声が聞こえた。

 

 背後から。

 

 「ッ!?」

 

 反射的に振り返る。

 

 そこにいた。

 

 グリムフィッシャーが。

 

 しかも、自分の後ろではない。

 

 ミオとマヒロの目の前だ。

 

 さっきまで何十メートルも離れていたはずなのに。

 

 たった一瞬で。

 

 その巨体で。

 

 俺を通り越し、二人の背後へ回り込んでいた。

 

 そして振り上げられている拳。

 

 狙いは明らかだった。

 

 「ヤバい――!」

 

 頭で考えるより先に身体が動いていた。

 

 「はああああああっ!!」

 

 脱兎跳躍を発動。

 

 砂浜を蹴り砕く勢いで飛び出す。

 

 恐怖はあった。

 

 だが、それ以上に焦りの方が勝っていた。

 

 二人を守らなければならない。

 

 その一心だけだった。

 

 「おおおおおっ!!」

 

 勢いのまま業火剣を振り下ろす。

 

 狙うはグリムフィッシャーの首。

 

 まともに入れば無傷では済まないはずだ。

 

 だが――。

 

 「ふん」

 

 グリムフィッシャーは鼻で笑った。

 

 空いていた右腕を軽く持ち上げる。

 

 それだけだった。

 

 ガギィィィン!!

 

 耳をつんざく金属音が響く。

 

 「なっ!?」

 

 目を疑った。

 

 業火剣が弾かれていた。

 

 斬れない。

 

 傷一つ付かない。

 

 まるで鉄塊を斬りつけたような感触が手に伝わってくる。

 

 硬い。

 

 異常なほどに。

 

 業火剣は並の鎧など容易く断ち切る。

 

 それなのに、グリムフィッシャーの皮膚には刃が通らなかった。

 

 「ぐぅっ!?」

 

 次の瞬間、振り払われる。

 

 それだけで身体が吹き飛んだ。

 

 砂浜を何度も跳ねながら後退する。

 

 なんとか体勢だけは維持した。

 

 だが、剣を握る両手は痺れている。

 

 骨が軋むような痛みが走っていた。

 

 「なんだ?」

 

 グリムフィッシャーは不思議そうに首を傾げる。

 

 「先に殺して欲しいのか?」

 

 「……っ」

 

 言い返せない。

 

 あの一撃で理解してしまった。

 

 こいつは化け物だ。

 

 しかもスクイッドとは違う。

 

 力も。

 

 速度も。

 

 耐久力も。

 

 全てが桁違いだ。

 

 「いいだろう」

 

 グリムフィッシャーはゆっくり拳を握る。

 

 ゴキリ、と骨の鳴る音が響いた。

 

 「どうせ人類は皆殺しにする予定だった」

 

 鋭い牙が覗く。

 

 獰猛な笑みだった。

 

 「多少順番が変わったところで問題はない」

 

 その瞬間。

 

 嫌な予感が全身を駆け抜ける。

 

 来る。

 

 「ッ!」

 

 反射的に業火剣を構える。

 

 だが遅かった。

 

 グリムフィッシャーが再び消える。

 

 いや、速すぎて見えないだけだ。

 

 気付いた時には目の前にいた。

 

 距離など存在しないかのように。

 

 「なっ――」

 

 巨大な左拳が振りかぶられている。

 

 避けられない。

 

 防ぐしかない。

 

 俺は咄嗟に業火剣を盾のように構えた。

 

 「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 轟音。

 

 それは拳を振った音だった。

 

 人間が出していい音ではない。

 

 次の瞬間――。

 

 ドゴォォォォォォォォンッ!!

 

 凄まじい衝撃が全身を貫いた。

 

 業火剣ごと押し潰される。

 

 腕が折れたかと思った。

 

 肺の中の空気が一気に吐き出される。

 

 そして俺の身体は。

 

 まるで木の葉のように宙へ舞い上がっていた。

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