転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー45

 そのまま自分は結界に包まれたまま海底へと沈んでいった。

 

 勢いが強すぎたのか、流石の結界も浮力までは生み出せないらしい。

 

 少しくらい浮き上がってくれるかと期待していたのだが、そう都合良くはいかなかった。

 

 周囲を見渡せば、どこまでも続く青黒い海。

 

 砂浜の姿などとっくに見えなくなっている。

 

 とりあえず呼吸だけは確保できた。

 

 だが、それも一時しのぎに過ぎない。

 

 結界内部に残された空気は限られている。この狭い空間であとどれほど持つのかは分からなかった。

 

 それでも今は考えるしかない。

 

 どうにかしてこの状況を打開する方法を――

 

 「ふはははははっ! そんなちんけな結界で私の攻撃を防げると思うなよお!!」

 

 「ッ!?」

 

 思考は怒号によって遮られた。

 

 グリムフィッシャーだ。

 

 奴は迷うことなく海中へ飛び込み、こちらを追ってきていた。

 

 水深五十メートル近くまで沈んでいるはずだというのに、その動きに一切の淀みはない。

 

 まるで空を飛ぶ鳥だ。

 

 いや、それ以上かもしれない。

 

 魚人族である奴にとって、この海そのものが庭なのだろう。

 

 身体をくねらせるたびに水流が生まれ、その巨体が信じられない速度で迫ってくる。

 

 しかも厄介なことに、奴は普通に声を発していた。

 

 鰓呼吸のおかげなのか、水中での会話に何の支障もないらしい。

 

 対して自分は口を開けば終わりだ。

 

 作戦を考える時間すら与えてくれない。

 

 「うりゃあああああああああ!!」

 

 「くっ!?」

 

 一瞬だった。

 

 気付けばグリムフィッシャーは目の前にいた。

 

 奴が振るった拳が結界に直撃する。

 

 次の瞬間――

 

 バキィッ!!

 

 鈍い破砕音と共に結界に亀裂が走った。

 

 そして、

 

 砕けた。

 

 あれほど苦労して張った結界が、たった一撃で粉々に破壊されたのだ。

 

 だが、その僅かな時間が自分を救った。

 

 結界が砕ける瞬間に身体を捻り、紙一重で拳を回避する。

 

 拳は自分の脇を通り抜け、その先の海水を巻き込みながら突き進んでいった。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 

 本当にギリギリだった。

 

 あと少しでも反応が遅れていたら、結界ごと身体を貫かれていただろう。

 

 にしても、とんでもない破壊力だ。

 

 さっき陸上で受けた一撃も凄まじかったが、海中に入った今は比較にならない。

 

 水の抵抗を受けているはずなのに、まるで勢いが落ちていないのだ。

 

 むしろ強くなっているようにすら感じる。

 

 正直、スクイッドの話を聞いた時は半信半疑だった。

 

 十死怪などという肩書きを利用して、自分達を怯えさせようとしているだけだと思っていた。

 

 だが違う。

 

 今なら断言できる。

 

 こいつは本物だ。

 

 間違いなく十死怪。

 

 実際にエイシャ達(やつら)と戦った自分だからこそ分かる。

 

 目の前の怪物は、少なくとも純粋な膂力だけなら奴らにも引けを取らない。

 

 いや――。

 

 こと力比べに限れば、上回っている可能性すらある。

 

 その事実を認識した瞬間、胸の奥に重苦しい絶望が広がった。

 

 この状況を打破するにはグリムフィッシャーを倒さなければならない。

 

 しかし戦場は奴の独壇場である海の中。

 

 あまりにも条件が違いすぎる。

 

 「――っ!」

 

 結界が完全に砕け散り、大量の海水が一気に流れ込んでくる。

 

 自分は咄嗟に大きく息を吸い込み、口を固く閉ざした。

 

 幸い海水を飲み込まずには済んだ。

 

 だが、それだけだ。

 

 呼吸を止め続けられる時間には限界がある。

 

 「ぬははははは! ちょこまかと避けるな、稚魚めが! だが鰓を持たぬ稚魚が、いつまでそうしていられるかなあ!?」

 

 「……」

 

 グリムフィッシャーは勝利を確信したように笑う。

 

 悔しいが、奴の言葉に反論できる材料は何一つなかった。

 

 ここは深海。

 

 自分はただの人間。

 

 奴は魚人族。

 

 呼吸できる時間は長く見積もっても一分程度だろう。

 

 口を開けない以上、魔法も使えない。

 

 仮に使えたとしても、自分の主力は炎魔法だ。

 

 海の中では威力も効果も大きく制限される。

 

 そして武器も失った。

 

 冷静に状況を整理すればするほど、現実は残酷な結論を突き付けてくる。

 

 逃げ場なし。

 

 反撃の手段なし。

 

 時間もなし。

 

 ――これはまさしく絶体絶命だった。

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