転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

392 / 418
第8章ー48

 「なっ!?」

 

 「ほ、本気で言っているのか君!?」

 

 マヒロの宣言に、その場にいた冒険者達は一斉に目を見開いた。

 

 無理もない。

 

 誰もが不可能だと判断した状況だ。

 

 だが、私達からすればそこまで意外ではなかった。

 

 マヒロはそういう人だ。

 

 一度決めたことを途中で曲げるような人じゃない。

 

 『いくらマヒロでも、流石に海の中で戦うのは無理なんじゃない?』

 

 フィーちゃんが不安そうに言う。

 

 その言葉に私は小さく頷いた。

 

 正直、私も同じことを考えていた。

 

 マヒロは学年でも指折りの実力者だ。

 

 けれど、相手が悪すぎる。

 

 海中は魚人族の領域。

 

 しかも相手はサダメを一撃で吹き飛ばした怪物だ。

 

 剣士であるマヒロが本来の力を発揮できる環境ではない。

 

 「安心なされよ、フィー殿」

 

 しかし当の本人は落ち着き払っていた。

 

 まるで散歩にでも行くかのような気軽さで言葉を続ける。

 

 「海の中で魚を捌くことなど、拙者には造作もないこと。何も問題ないでござるよ」

 

 「……問題ないって、本気で言ってんのか?」

 

 冒険者の一人が呆れたように声を上げる。

 

 「相手は魚人族だぞ? 魚を捌くのと魚人族を相手にするのとじゃ話が違う」

 

 「そうだ! 海に飛び込むなんて自殺行為だ!」

 

 周囲から次々と制止の声が飛ぶ。

 

 だが、マヒロはまるで意に介していなかった。

 

 腰の刀に手を添えながら、ただ真っ直ぐ海を見つめている。

 

 その横顔からは迷いが一切感じられない。

 

 私は思わず考えてしまう。

 

 本当に何か策があるのだろうか。

 

 それとも――。

 

 「サダメは必ず拙者が助ける」

 

 マヒロは静かに言った。

 

 それだけで周囲の声が止まる。

 

 「だから後のことは皆に任せるでござるよ」

 

 その声には不思議な力があった。

 

 根拠など何もない。

 

 それなのに、なぜか信じたくなる。

 

 「ちょっ!? おい!」

 

 「待てって!」

 

 制止の声を背に、マヒロは砂浜を蹴った。

 

 迷いなく海へ向かって駆け出す。

 

 誰も追いつけない。

 

 誰にも止められない。

 

 彼女は最初から決めていたのだ。

 

 サダメを助けに行くと。

 

 私はその背中を見つめながら、ただ祈ることしかできなかった。

 

 どうか無事でいて。

 

 二人とも必ず帰ってきて。

 

 そんな願いを胸の中で繰り返す。

 

 「マヒロ君! これを持っていきな!」

 

 その時だった。

 

 ソンジさんが何かを投げた。

 

 「おろ?」

 

 振り返ったマヒロが反射的にそれを掴む。

 

 手のひらに収まるほどの小さな箱。

 

 半透明の白い結晶のようにも見える。

 

 「あれは……」

 

 魔道具だ。

 

 そう気付いた時にはソンジさんが説明を始めていた。

 

 「結界を発動できる魔道具だ。魔力を流せば最大半径五十メートルまで展開できる」

 

 「ほう!」

 

 「まだ試作段階だから三分程度しか保たないが、その代わり強度には自信がある」

 

 ソンジさんは親指を立てる。

 

 「それだけの広さがあれば、水中でも呼吸しながら戦えるはずだ」

 

 「おお! かたじけないでござるよ、ソンジ殿!」

 

 マヒロは嬉しそうに礼を言うと、そのまま海へ飛び込んだ。

 

 大きな水しぶきが上がる。

 

 私はその光景を見ながら少しだけ安堵した。

 

 サダメが海へ落ちてから、もうかなりの時間が経っている。

 

 きっと空気も残り少ないはずだ。

 

 あの魔道具があれば助かる可能性は上がる。

 

 少なくとも何もないよりはずっといい。

 

 「……それでも、状況が厳しいことに変わりはないがね」

 

 「え?」

 

 不意に聞こえたソンジさんの声に私は振り返った。

 

 先ほどまでの明るい表情は消えている。

 

 代わりに浮かんでいたのは険しい顔だった。

 

 「魔物の軍勢がもうすぐ上陸する」

 

 海を見つめながら彼は言う。

 

 「仮にサダメ君達が無事だったとしても、戻ってくる場所がなくなれば意味がない」

 

 「……」

 

 胸が締め付けられる。

 

 確かにその通りだ。

 

 ここは安全地帯なんかじゃない。

 

 今も海の向こうから無数の魔物が押し寄せている。

 

 もし砂浜が制圧されれば、帰還した二人は敵のど真ん中へ飛び込むことになる。

 

 それだけは絶対に避けなければならない。

 

 「……なら」

 

 私は立ち上がった。

 

 涙を拭い、杖を握り直す。

 

 もう泣いている場合じゃない。

 

 私にもやるべきことがある。

 

 「ここは私達が死守しないと」

 

 サダメとマヒロが帰ってくる場所を守る。

 

 今の私にできることは、それしかないのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。