「なっ!?」
「ほ、本気で言っているのか君!?」
マヒロの宣言に、その場にいた冒険者達は一斉に目を見開いた。
無理もない。
誰もが不可能だと判断した状況だ。
だが、私達からすればそこまで意外ではなかった。
マヒロはそういう人だ。
一度決めたことを途中で曲げるような人じゃない。
『いくらマヒロでも、流石に海の中で戦うのは無理なんじゃない?』
フィーちゃんが不安そうに言う。
その言葉に私は小さく頷いた。
正直、私も同じことを考えていた。
マヒロは学年でも指折りの実力者だ。
けれど、相手が悪すぎる。
海中は魚人族の領域。
しかも相手はサダメを一撃で吹き飛ばした怪物だ。
剣士であるマヒロが本来の力を発揮できる環境ではない。
「安心なされよ、フィー殿」
しかし当の本人は落ち着き払っていた。
まるで散歩にでも行くかのような気軽さで言葉を続ける。
「海の中で魚を捌くことなど、拙者には造作もないこと。何も問題ないでござるよ」
「……問題ないって、本気で言ってんのか?」
冒険者の一人が呆れたように声を上げる。
「相手は魚人族だぞ? 魚を捌くのと魚人族を相手にするのとじゃ話が違う」
「そうだ! 海に飛び込むなんて自殺行為だ!」
周囲から次々と制止の声が飛ぶ。
だが、マヒロはまるで意に介していなかった。
腰の刀に手を添えながら、ただ真っ直ぐ海を見つめている。
その横顔からは迷いが一切感じられない。
私は思わず考えてしまう。
本当に何か策があるのだろうか。
それとも――。
「サダメは必ず拙者が助ける」
マヒロは静かに言った。
それだけで周囲の声が止まる。
「だから後のことは皆に任せるでござるよ」
その声には不思議な力があった。
根拠など何もない。
それなのに、なぜか信じたくなる。
「ちょっ!? おい!」
「待てって!」
制止の声を背に、マヒロは砂浜を蹴った。
迷いなく海へ向かって駆け出す。
誰も追いつけない。
誰にも止められない。
彼女は最初から決めていたのだ。
サダメを助けに行くと。
私はその背中を見つめながら、ただ祈ることしかできなかった。
どうか無事でいて。
二人とも必ず帰ってきて。
そんな願いを胸の中で繰り返す。
「マヒロ君! これを持っていきな!」
その時だった。
ソンジさんが何かを投げた。
「おろ?」
振り返ったマヒロが反射的にそれを掴む。
手のひらに収まるほどの小さな箱。
半透明の白い結晶のようにも見える。
「あれは……」
魔道具だ。
そう気付いた時にはソンジさんが説明を始めていた。
「結界を発動できる魔道具だ。魔力を流せば最大半径五十メートルまで展開できる」
「ほう!」
「まだ試作段階だから三分程度しか保たないが、その代わり強度には自信がある」
ソンジさんは親指を立てる。
「それだけの広さがあれば、水中でも呼吸しながら戦えるはずだ」
「おお! かたじけないでござるよ、ソンジ殿!」
マヒロは嬉しそうに礼を言うと、そのまま海へ飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がる。
私はその光景を見ながら少しだけ安堵した。
サダメが海へ落ちてから、もうかなりの時間が経っている。
きっと空気も残り少ないはずだ。
あの魔道具があれば助かる可能性は上がる。
少なくとも何もないよりはずっといい。
「……それでも、状況が厳しいことに変わりはないがね」
「え?」
不意に聞こえたソンジさんの声に私は振り返った。
先ほどまでの明るい表情は消えている。
代わりに浮かんでいたのは険しい顔だった。
「魔物の軍勢がもうすぐ上陸する」
海を見つめながら彼は言う。
「仮にサダメ君達が無事だったとしても、戻ってくる場所がなくなれば意味がない」
「……」
胸が締め付けられる。
確かにその通りだ。
ここは安全地帯なんかじゃない。
今も海の向こうから無数の魔物が押し寄せている。
もし砂浜が制圧されれば、帰還した二人は敵のど真ん中へ飛び込むことになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「……なら」
私は立ち上がった。
涙を拭い、杖を握り直す。
もう泣いている場合じゃない。
私にもやるべきことがある。
「ここは私達が死守しないと」
サダメとマヒロが帰ってくる場所を守る。
今の私にできることは、それしかないのだから。