転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー49

 絶体絶命だった。

 

 相手は魚人族。

 

 しかも十死怪の一角を担う怪物。

 

 そんな化け物と、よりにもよって海の中で戦っている。

 

 状況だけ見れば勝ち目など最初から存在しない。

 

 「ウリィッ!!」

 

 「ん゛っ!?」

 

 轟音のような水流が身体の横を通り過ぎる。

 

 グリムフィッシャーの拳だ。

 

 まともに食らえば終わる。

 

 そう分かっているからこそ、自分は必死に身体を捻って回避する。

 

 だが海中では陸上のように動けない。

 

 腕を掻き、脚を動かし、ほんの僅かに軌道を変えるだけで精一杯だった。

 

 一発でも当たれば死ぬ。

 

 なのに、いつ当たってもおかしくない。

 

 そんな綱渡りを延々と続けている状態だ。

 

 「オラオラオラオラァ!!」

 

 グリムフィッシャーは楽しそうだった。

 

 まるで獲物を追い回す捕食者のように。

 

 「避けてばかりでいいのかあ!? 反撃しなければ私を殺せんぞぉ!?」

 

 反撃できるならとっくにしている。

 

 だが今の自分には決定打がない。

 

 炎魔法は使えなくはない。

 

 しかし海中では威力が激減する。

 

 しかも詠唱もできない。

 

 無理に撃ったところで魔力を浪費するだけだ。

 

 唯一使える可能性があるとすれば光魔法。

 

 目くらまし程度なら海中でも効果が期待できる。

 

 だがそれも切り札だ。

 

 こちらの手の内を知らないからこそ通用する。

 

 一度見せれば次からは警戒されるだろう。

 

 だから使うならここぞという瞬間でなければならない。

 

 「ッ……!」

 

 しかし、その余裕すらなくなってきていた。

 

 肺が悲鳴を上げている。

 

 息を止めてから既に一分近く。

 

 胸の奥が焼けるように苦しい。

 

 頭も少しずつぼんやりしてきた。

 

 まずい。

 

 このままでは窒息する。

 

 早く海面へ出なければ。

 

 だがグリムフィッシャーがそれを許すはずもない。

 

 こうなったら――。

 

 ここで切り札を使うしか――。

 

 「……?」

 

 その時だった。

 

 視界の端に違和感が映る。

 

 何かがこちらへ向かっている。

 

 高速で。

 

 一直線に。

 

 自分は反射的にそちらへ目を向けた。

 

 グリムフィッシャーはまだ気付いていない。

 

 こちらに意識を集中している。

 

 近付いてくる影は徐々に輪郭を鮮明にしていく。

 

 そして――。

 

 「ッ!?」

 

 見覚えのある姿が目に入った。

 

 その瞬間、脳内で作戦が組み上がる。

 

 いける。

 

 これなら打開できる。

 

 「んんっ!!」

 

 自分は即座に右手を突き出した。

 

 「ん?」

 

 グリムフィッシャーが眉をひそめる。

 

 「ぬははははは! ようやく反撃する気になったかぁ!?」

 

 嘲笑うような声が海中に響く。

 

 「だが詠唱も出来ぬ状況で、私を倒せる魔法など――」

 

 その通りだ。

 

 今の自分に、この怪物を倒せる攻撃魔法は撃てない。

 

 だが。

 

 魔法は攻撃だけじゃない。

 

 「ん゛ん゛っ!!」

 

 自分の掌から光が弾けた。

 

 ――《ゆらめく炎の光球》。

 

 眩い閃光が海中を染め上げる。

 

 「ぬおっ!?」

 

 グリムフィッシャーが咄嗟に目を覆った。

 

 水中だから効果は薄い。

 

 それでも十分だった。

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だけ視界を奪えればいい。

 

 「くそっ! 稚魚の分際で小癪な真似を――」

 

 その瞬間だった。

 

 背後から迫っていた影がついに動く。

 

 水を裂く鋭い斬撃。

 

 まるで海流そのものが刃へ変わったかのような一撃。

 

 「ふん゛っ!!」

 

 聞き慣れた気合いと共に、水の刃が閃いた。

 

 次の瞬間。

 

 ザンッ――!!

 

 グリムフィッシャーの右腕が宙を舞う。

 

 大量の血が海中へ広がった。

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