「ぐうぅっ!?」
切断されたグリムフィッシャーの右腕が、水流に巻き込まれながら海中を回転して飛んでいく。
その光景を見て、思わず目を見開いた。
あれほど太く、鋼鉄のような筋肉に覆われた腕を。
マヒロはたった一撃で斬り落としてしまったのだ。
改めて思う。
水龍の力は恐ろしい。
「んんんっ!」
「ッ!?」
しかし、マヒロは追撃を仕掛けなかった。
代わりに懐から透明な箱のような物体を取り出し、そこへ魔力を流し込む。
すると――。
バシュッ!
眩い光と共に巨大な結界が展開された。
球状の結界は周囲の海水を押し退けながら広がり、自分達だけでなくグリムフィッシャーまでも内部へ取り込んでいく。
そして次の瞬間。
周囲から海水が消えた。
「ぶはっ!?」
自分は反射的に大きく息を吸い込む。
肺が酸素を求めて悲鳴を上げていた。
「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」
苦しい。
だが、その苦しさすら心地良い。
生きている。
呼吸ができる。
それだけで涙が出そうになる。
あと数秒遅れていたら本当に終わっていたかもしれない。
自分は膝に手をつきながら荒い呼吸を繰り返した。
「無事でござるか、サダメ!?」
「はあっ……はあっ……」
声を掛けられ、顔を上げる。
そこには心配そうな表情を浮かべるマヒロの姿があった。
「……ああ。なんとか、な」
かろうじて笑みを作る。
本当に助かった。
もしマヒロが来ていなかったら。
もし少しでも到着が遅れていたら。
今頃自分は海の底で窒息していたかもしれない。
「すまぬ。本当はあやつの胴を斬るつもりだったのでござるが、暴れておった故に狙いが逸れてしまったでござる」
「いや……十分すぎる成果だろ」
自分は苦笑しながら答えた。
確かに胴体を斬れていれば理想だった。
だが、それは結果論だ。
あの状況でグリムフィッシャーの腕を一本奪っただけでも大戦果と言っていい。
むしろ自分の目くらましがなければ奇襲そのものが成立していなかった可能性だってある。
あの判断は間違っていなかった。
「ありがとう、マヒロ」
「気にするでない」
マヒロは照れ臭そうに鼻を鳴らした。
その様子に少しだけ肩の力が抜ける。
だが、気になることが一つあった。
「それにしても、よく間に合ったな」
自分は周囲を見回した。
ここは砂浜からかなり離れている。
普通に泳いで辿り着ける距離じゃない。
「マヒロって、あんなに速く泳げたのか?」
すると彼女は得意げに腰の刀を軽く叩いた。
「この水龍は水を自在に操れるのでござるよ」
「うん」
「刃を作るだけではない。大量の水を一方向へ噴射することもできるのでござる」
「まさか……」
「その通り」
マヒロはにやりと笑う。
「思い切り射出すれば、自分自身も飛んでいけるのでござるよ」
なるほど。
つまり水流を推進力に変えていたわけだ。
理屈は分かる。
だが実際にやるとなれば話は別だ。
少しでも方向を誤れば海中で制御不能になるだろう。
「簡単そうに聞こえるけど……」
「かなり練習したでござる」
やっぱりか。
思わず納得してしまう。
そんな会話を交わしていた、その時だった。
「うぅぅぅ……」
低い唸り声が響く。
「雑魚の分際で……」
「ッ!?」
自分達は同時に振り返った。
そこには肩口から大量の血を流しながら立つグリムフィッシャーの姿。
奴の目は怒りで真っ赤に染まっていた。
「よくもぉぉぉぉぉぉ!!」
怒号と共に殺気が膨れ上がる。
思わず背筋が震えた。
そうだ。
まだ終わっていない。
腕を一本斬り落としただけだ。
十死怪は未だ健在。
油断など許されない。
自分は深く息を吸い込み、マヒロの隣へ並んだ。
今度は一人じゃない。
頼れる仲間がいる。
「いくでござるよ、サダメ!」
「おう!」
自分は拳を握る。
結界のおかげで呼吸は確保された。
詠唱もできる。
魔法も本来の力を発揮できる。
一方のグリムフィッシャーは右腕を失い、水中戦という最大の利点も封じられている。
流れは変わった。
確実にこちらへ傾き始めている。
だからこそ。
この好機を逃すわけにはいかない。
絶対に――。
ここでグリムフィッシャーを倒す。