転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー51

 「ふんっ!」

 

 右腕を失ったグリムフィッシャーが残った左拳を振り上げる。

 

 そして結界へ向かって全力で叩きつけた。

 

 ズドォンッ!!

 

 凄まじい衝撃音が響く。

 

 結界全体が大きく揺れた。

 

 しかし――。

 

 それだけだった。

 

 「……」

 

 結界に亀裂はない。

 

 傷一つ付いていない。

 

 あれだけの怪力を受けてもなお健在だった。

 

 右腕を失った影響で本来の力を出せていない可能性はある。

 

 それでも相手はグリムフィッシャーだ。

 

 十死怪の一角。

 

 あの化け物の攻撃を真正面から受け止めているのだから、この結界の強度は尋常ではない。

 

 「ちっ……!」

 

 グリムフィッシャーが露骨に舌打ちした。

 

 機嫌の悪さが伝わってくる。

 

 腕を失ったこと。

 

 海中戦の優位を奪われたこと。

 

 そして結界によって自由を制限されたこと。

 

 それら全てが気に入らないのだろう。

 

 だが好都合だ。

 

 この結界がある限り、海水が流れ込む心配はない。

 

 少なくとも奴に本来の土俵で戦わせずに済む。

 

 「サダメ!」

 

 マヒロが刀を構える。

 

 「拙者は奴に接近する! サダメは後方から援護をお願い致す!」

 

 「ああ、分かった!」

 

 自分は頷き、右手を前へ突き出した。

 

 いつでも魔法を撃てるように。

 

 マヒロが攻撃を仕掛ける瞬間。

 

 あるいはグリムフィッシャーが反撃に出る瞬間。

 

 そこを狙って援護する。

 

 今の自分の役目はそれだ。

 

 「はああああああっ!!」

 

 マヒロが一気に距離を詰める。

 

 だが――。

 

 そこで妙な違和感を覚えた。

 

 「……」

 

 グリムフィッシャーが動かない。

 

 いや。

 

 動こうとしない。

 

 まるで何かを待っているようだった。

 

 そういえば――。

 

 自分は今まで奴が魔法を使うところを見ていない。

 

 強化系なのか。

 

 特殊系なのか。

 

 それとも別の何かか。

 

 十死怪ほどの実力者が魔法を持っていないとは考えにくい。

 

 「……●●、■■■、●●」

 

 「ッ!?」

 

 その時だった。

 

 グリムフィッシャーの口が動く。

 

 聞き取れない異様な発音。

 

 魔物特有の言語。

 

 間違いない。

 

 魔法だ。

 

 「気を付けろマヒロ! 奴の魔法が――!」

 

 自分が叫んだ瞬間だった。

 

 「ッ!?」

 

 「マヒロ!?」

 

 突然だった。

 

 本当に突然だった。

 

 走っていたマヒロの身体が弾かれたように後方へ倒れる。

 

 何かに押し飛ばされたように。

 

 あるいは見えない壁へ激突したように。

 

 ほんの一瞬の出来事。

 

 だが。

 

 自分には何が起きたのか分からなかった。

 

 攻撃が見えない。

 

 魔法の発動も見えない。

 

 マヒロは何かをされた。

 

 それだけしか分からない。

 

 「……ふっ」

 

 グリムフィッシャーの口元が歪む。

 

 そして。

 

 「ふははははははははっ!!」

 

 勝ち誇った笑い声が響いた。

 

 「う゛っ……!」

 

 一方のマヒロは地面に膝を付き、胸元を押さえて苦しみ始める。

 

 呼吸が乱れている。

 

 顔色も明らかに悪い。

 

 まるで急激に体調が悪化したかのようだった。

 

 「どうなってる!?」

 

 理解が追い付かない。

 

 攻撃を受けたようには見えなかった。

 

 斬られたわけでもない。

 

 殴られたわけでもない。

 

 それなのにマヒロは苦しんでいる。

 

 「マヒロ!」

 

 自分は慌てて駆け寄った。

 

 彼女は胸元を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。

 

 その姿を見て、ふとある可能性が脳裏をよぎった。

 

 まるで――。

 

 毒を受けたかのような症状。

 

 「……まさか」

 

 自分はゆっくりと顔を上げる。

 

 そしてグリムフィッシャーを睨み付けた。

 

 「ふははははは! まんまと掛かりおったな間抜けめ!」

 

 「ッ!? お前……!」

 

 その時だった。

 

 自分は初めて違和感の正体に気付く。

 

 グリムフィッシャーの背中。

 

 そこから何かが伸びていた。

 

 半透明。

 

 細長い。

 

 ゆらゆらと水流に揺れる不気味な触手。

 

 一見すると海中へ溶け込んでしまいそうなほど透明だ。

 

 だから気付けなかった。

 

 だが今は見える。

 

 一本ではない。

 

 二本でもない。

 

 複数の触手が、まるで生き物のように蠢いている。

 

 その姿は――。

 

 まるで巨大なクラゲだった。

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