転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー52

 「ふん。気付くのが遅かったようだな、雑魚共め」

 

 「くっ……」

 

 自分は思わず歯を食いしばった。

 

 今まで全く気付かなかった。

 

 あの触手は一体いつから生えていた?

 

 少なくとも自分の記憶では、さっきまで存在していなかったはずだ。

 

 もし最初から持っていたなら、なぜ使わなかった?

 

 腕を斬り落とされる前に使えばよかった話だ。

 

 そう考えると、一つしか答えがない。

 

 「……そうか」

 

 脳裏に先ほどの光景が蘇る。

 

 グリムフィッシャーが発していた不可解な言葉。

 

 魔物特有の言語。

 

 あれは間違いなく魔法の詠唱だった。

 

 つまり――。

 

 「あの時の魔法か」

 

 自分が呟くと、グリムフィッシャーの口元が吊り上がった。

 

 「ぬはははははは!」

 

 図星だったらしい。

 

 「気付いたようだな!」

 

 奴は胸を張るように笑った。

 

 「そう! 私の魔法は【変体魔法】!」

 

 聞いたこともない系統だった。

 

 「自らの肉体を他の魚人族の身体へと変化させる魔法よ!」

 

 触手が不気味に蠢く。

 

 まるでその言葉を証明するかのように。

 

 「この触手も、たった今生み出したものだ!」

 

 「……」

 

 思わず無言になる。

 

 見た目に反して厄介極まりない能力だった。

 

 力任せに暴れるだけの怪物だと思っていた。

 

 だが違う。

 

 こいつはちゃんと頭も回る。

 

 だからこそ厄介だ。

 

 そして同時に、一つの嫌な可能性が頭を過った。

 

 待て。

 

 肉体を変化させられるということは――。

 

 「まさか……」

 

 失った腕も。

 

 元に戻せるのか?

 

 もしそうなら、マヒロが命懸けで斬り落とした右腕が無意味になる。

 

 せっかく作った有利を一瞬で覆されることになる。

 

 最悪だ。

 

 そう考えた瞬間だった。

 

 「ふん!」

 

 グリムフィッシャーが鼻を鳴らす。

 

 「貴様の考えていることなど手に取るように分かるぞ?」

 

 奴は切断された肩口を見せつけるように持ち上げた。

 

 「その魔法を使えば腕も元通りになるのではないか――そう考えたのだろう?」

 

 「ちっ!」

 

 完全に読まれていた。

 

 それが余計に腹立たしい。

 

 グリムフィッシャーは愉快そうに笑う。

 

 「確かに戻せる!」

 

 勝ち誇った声だった。

 

 だが次の言葉が予想外だった。

 

 「だが――」

 

 奴の笑みが深くなる。

 

 「こんなことも出来るのだ!」

 

 直後。

 

 再び魔物語による詠唱が始まった。

 

 「●●、▲▲▲▲、■■■!」

 

 「ッ!?」

 

 肩口が蠢く。

 

 肉が盛り上がる。

 

 骨が軋むような音が響く。

 

 それは腕の再生ではなかった。

 

 変異だ。

 

 欠損した右肩から伸びてきたものを見て、自分は目を見開く。

 

 白い。

 

 太い。

 

 異様なほど巨大な触手。

 

 吸盤が並び、生き物のように蠢いている。

 

 その姿には見覚えがあった。

 

 「まさか……!」

 

 クラーケン。

 

 あの巨大な魔物の触手だ。

 

 つまりこいつは失った腕を取り戻したんじゃない。

 

 もっと厄介なものへ作り替えたのだ。

 

 「うりぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 「はっ!?」

 

 気付いた時には遅かった。

 

 グリムフィッシャーが巨大触手を振り上げている。

 

 しまった。

 

 攻撃だ。

 

 「マヒロ!」

 

 自分は反射的に彼女へ飛び付いた。

 

 まだ毒の影響で動きが鈍っている。

 

 避け切れない。

 

 そう判断した瞬間には身体が動いていた。

 

 「う゛っ!?」

 

 「ぐっ!?」

 

 マヒロを抱え込みながら横へ飛ぶ。

 

 直後。

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 巨大触手が地面へ叩き付けられた。

 

 結界全体が大きく揺れる。

 

 足元が浮くほどの衝撃。

 

 空気が震える。

 

 もし直撃していたら。

 

 考えるまでもない。

 

 即死級だった。

 

 「くそっ……」

 

 自分は冷や汗を流した。

 

 威力が落ちている様子はない。

 

 いや、むしろ強化されている可能性すらある。

 

 するとグリムフィッシャーが触手を持ち上げながら高らかに笑った。

 

 「ぬはははははは!」

 

 その笑い声には確かな自信があった。

 

 「どうだ、このパワー!」

 

 触手が唸りを上げる。

 

 「どうだ、このリーチ!」

 

 長大な触手が空中を薙ぐ。

 

 「もう以前とは違う!」

 

 グリムフィッシャーは大きく両腕――いや、片腕と触手を広げた。

 

 「間合いは広がった!」

 

 「力も衰えておらん!」

 

 「つまり!」

 

 獲物を見下ろす捕食者のような笑み。

 

 「貴様ら金魚の糞共は、もう私に近付くことすら出来んのだぁ!!」

 

 勝利を確信したような哄笑が結界内に響き渡った。

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