「ふん。気付くのが遅かったようだな、雑魚共め」
「くっ……」
自分は思わず歯を食いしばった。
今まで全く気付かなかった。
あの触手は一体いつから生えていた?
少なくとも自分の記憶では、さっきまで存在していなかったはずだ。
もし最初から持っていたなら、なぜ使わなかった?
腕を斬り落とされる前に使えばよかった話だ。
そう考えると、一つしか答えがない。
「……そうか」
脳裏に先ほどの光景が蘇る。
グリムフィッシャーが発していた不可解な言葉。
魔物特有の言語。
あれは間違いなく魔法の詠唱だった。
つまり――。
「あの時の魔法か」
自分が呟くと、グリムフィッシャーの口元が吊り上がった。
「ぬはははははは!」
図星だったらしい。
「気付いたようだな!」
奴は胸を張るように笑った。
「そう! 私の魔法は【変体魔法】!」
聞いたこともない系統だった。
「自らの肉体を他の魚人族の身体へと変化させる魔法よ!」
触手が不気味に蠢く。
まるでその言葉を証明するかのように。
「この触手も、たった今生み出したものだ!」
「……」
思わず無言になる。
見た目に反して厄介極まりない能力だった。
力任せに暴れるだけの怪物だと思っていた。
だが違う。
こいつはちゃんと頭も回る。
だからこそ厄介だ。
そして同時に、一つの嫌な可能性が頭を過った。
待て。
肉体を変化させられるということは――。
「まさか……」
失った腕も。
元に戻せるのか?
もしそうなら、マヒロが命懸けで斬り落とした右腕が無意味になる。
せっかく作った有利を一瞬で覆されることになる。
最悪だ。
そう考えた瞬間だった。
「ふん!」
グリムフィッシャーが鼻を鳴らす。
「貴様の考えていることなど手に取るように分かるぞ?」
奴は切断された肩口を見せつけるように持ち上げた。
「その魔法を使えば腕も元通りになるのではないか――そう考えたのだろう?」
「ちっ!」
完全に読まれていた。
それが余計に腹立たしい。
グリムフィッシャーは愉快そうに笑う。
「確かに戻せる!」
勝ち誇った声だった。
だが次の言葉が予想外だった。
「だが――」
奴の笑みが深くなる。
「こんなことも出来るのだ!」
直後。
再び魔物語による詠唱が始まった。
「●●、▲▲▲▲、■■■!」
「ッ!?」
肩口が蠢く。
肉が盛り上がる。
骨が軋むような音が響く。
それは腕の再生ではなかった。
変異だ。
欠損した右肩から伸びてきたものを見て、自分は目を見開く。
白い。
太い。
異様なほど巨大な触手。
吸盤が並び、生き物のように蠢いている。
その姿には見覚えがあった。
「まさか……!」
クラーケン。
あの巨大な魔物の触手だ。
つまりこいつは失った腕を取り戻したんじゃない。
もっと厄介なものへ作り替えたのだ。
「うりぃぃぃぃぃぃ!!」
「はっ!?」
気付いた時には遅かった。
グリムフィッシャーが巨大触手を振り上げている。
しまった。
攻撃だ。
「マヒロ!」
自分は反射的に彼女へ飛び付いた。
まだ毒の影響で動きが鈍っている。
避け切れない。
そう判断した瞬間には身体が動いていた。
「う゛っ!?」
「ぐっ!?」
マヒロを抱え込みながら横へ飛ぶ。
直後。
ドゴォォォォンッ!!
巨大触手が地面へ叩き付けられた。
結界全体が大きく揺れる。
足元が浮くほどの衝撃。
空気が震える。
もし直撃していたら。
考えるまでもない。
即死級だった。
「くそっ……」
自分は冷や汗を流した。
威力が落ちている様子はない。
いや、むしろ強化されている可能性すらある。
するとグリムフィッシャーが触手を持ち上げながら高らかに笑った。
「ぬはははははは!」
その笑い声には確かな自信があった。
「どうだ、このパワー!」
触手が唸りを上げる。
「どうだ、このリーチ!」
長大な触手が空中を薙ぐ。
「もう以前とは違う!」
グリムフィッシャーは大きく両腕――いや、片腕と触手を広げた。
「間合いは広がった!」
「力も衰えておらん!」
「つまり!」
獲物を見下ろす捕食者のような笑み。
「貴様ら金魚の糞共は、もう私に近付くことすら出来んのだぁ!!」
勝利を確信したような哄笑が結界内に響き渡った。