転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー53

 「くそっ……!」

 

 思わず悪態が漏れる。

 

 状況は最悪だった。

 

 ただでさえ怪力の化け物だったグリムフィッシャーが、今度はクラーケンの触手まで手に入れたのだ。

 

 あの一撃の破壊力は先ほどまでの右腕と遜色ない。

 

 それどころか、長大なリーチを得たことで厄介さは何倍にも跳ね上がっている。

 

 近付けば殴られる。

 

 離れれば触手が飛んでくる。

 

 正直、反則だろ。

 

 だが文句を言ったところで状況は変わらない。

 

 目の前の怪物が手加減してくれるわけでもない。

 

 「がっ……うっ……!」

 

 「ッ!?」

 

 苦しそうな声が耳に届く。

 

 自分は慌てて隣を見る。

 

 「マヒロ!? 大丈夫か!?」

 

 彼女は膝をつき、肩を震わせていた。

 

 顔色は明らかに悪い。

 

 呼吸も荒い。

 

 先ほどから苦悶の声しか上げていない。

 

 恐らく原因はあのクラゲの触手だ。

 

 毒。

 

 考えられるのはそれしかない。

 

 まさかあの筋骨隆々の怪物が毒まで使ってくるとは思わなかった。

 

 完全にやられた。

 

 力押しだけの脳筋だと思い込んでいた自分が甘かった。

 

 「うっ……あ……」

 

 「しっかりしろ、マヒロ!」

 

 自分は肩を支える。

 

 だがどうする。

 

 毒を抜かなければならない。

 

 しかしその時間を敵が与えてくれるはずもない。

 

 目の前にはグリムフィッシャーがいる。

 

 こちらが治療を始めれば、その隙を見逃すような相手ではない。

 

 「ぬはははははは!」

 

 案の定、グリムフィッシャーは楽しそうに笑った。

 

 「胸部、下腹部、左腕、右脹脛!」

 

 奴は指を折りながら数え始める。

 

 「計四箇所!」

 

 そして口元を大きく吊り上げた。

 

 「この触手には猛毒が仕込まれている!」

 

 嫌な予感がした。

 

 「それを四度も打ち込まれたのだ!」

 

 グリムフィッシャーは勝利を確信した顔で言い放つ。

 

 「常人なら一分も持たん!」

 

 心臓が嫌な音を立てた。

 

 「どれほど頑丈な人間でも三分が限界だろうなぁ!」

 

 「くっ……!」

 

 自分は唇を噛む。

 

 もし奴の言葉が本当なら。

 

 マヒロの命はあと僅かしか残されていない。

 

 ミオなら解毒できるかもしれない。

 

 だが、そのためには砂浜へ戻らなければならない。

 

 そしてグリムフィッシャーがそれを許すはずがない。

 

 逃げるのも無理。

 

 戦うのも無理。

 

 マヒロは動けない。

 

 自分一人では勝てない。

 

 どうする。

 

 どうすればいい。

 

 頭を必死に回転させる。

 

 だが答えが見つからない。

 

 焦りだけが募っていく。

 

 その時だった。

 

 「……ふっ」

 

 小さな笑い声が聞こえた。

 

 「……?」

 

 自分は思わず顔を上げる。

 

 声の主はマヒロだった。

 

 先ほどまで苦しそうに俯いていた彼女が、僅かに口元を歪めている。

 

 「持って三分……でござるか」

 

 「ん?」

 

 グリムフィッシャーが眉をひそめた。

 

 自分も意味が分からなかった。

 

 だが次の瞬間。

 

 マヒロは静かに笑った。

 

 「それだけあれば充分でござるよ」

 

 「……ああん?」

 

 グリムフィッシャーの顔から笑みが消える。

 

 自分の背筋にも電流が走った。

 

 まさか。

 

 「マヒロ……お前……」

 

 彼女は答えない。

 

 ただ静かに俯いたまま腰へ手を伸ばした。

 

 カチャリ。

 

 乾いた音が響く。

 

 妖刀・魔妖。

 

 その柄に手が掛かる。

 

 そして。

 

 「――抜刀。【水龍】」

 

 静かな声だった。

 

 怒号でもない。

 

 気合でもない。

 

 まるで覚悟を告げるような一言。

 

 だがその瞬間、結界内の空気が変わった。

 

 グリムフィッシャーの笑みが消え。

 

 自分は思わず息を呑む。

 

 マヒロの周囲で、水が生き物のように蠢き始めていた。

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