転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第8章ー54

 「――ふんっ!」

 

 「なっ!?」

 

 次の瞬間だった。

 

 マヒロは妖刀・魔妖を抜き放ったかと思うと、そのまま躊躇なく自らの横腹へ刃を振るった。

 

 ザシュッ――!

 

 鋭い斬撃音が結界内に響く。

 

 「お、おい!?」

 

 思わず声を上げる。

 

 理解が追い付かなかった。

 

 敵を斬るのではない。

 

 自分自身を斬ったのだ。

 

 しかもかなり深い。

 

 横腹から鮮血が噴き出し、瞬く間に衣服を赤く染めていく。

 

 「何やってるんだよ、マヒロ!?」

 

 こんな出血量は尋常じゃない。

 

 放置すれば毒より先に出血多量で死んでしまう。

 

 それなのに当の本人は顔色一つ変えず、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 「ふー……ふー……」

 

 肩が上下する。

 

 額には脂汗が滲んでいる。

 

 当然だ。

 

 痛くないはずがない。

 

 それでも彼女は刀を握り続けていた。

 

 「……なるほど」

 

 その時だった。

 

 グリムフィッシャーが感心したように呟く。

 

 「毒の巡りを遅らせたか」

 

 「ッ!?」

 

 その言葉で全てを理解した。

 

 毒だ。

 

 マヒロは自ら出血することで血流を乱し、毒が全身へ回る速度を少しでも遅らせようとしている。

 

 なるほど。

 

 理屈は分かる。

 

 だが――。

 

 「そんなの……!」

 

 あまりにも無茶だ。

 

 確かに時間は稼げるかもしれない。

 

 しかし代償が大きすぎる。

 

 毒を遅らせたところで、今度は失血死が迫ってくる。

 

 まさに命を削る時間稼ぎだった。

 

 「ぶはははははははっ!!」

 

 グリムフィッシャーが腹を抱えて笑う。

 

 「馬鹿めが!」

 

 触手を振り回しながら嘲笑した。

 

 「無駄な悪足掻きよ!」

 

 その声には余裕しかない。

 

 「毒で死ぬか!」

 

 一本の指を立てる。

 

 「出血で死ぬか!」

 

 二本目を立てる。

 

 「結局はその二択だ!」

 

 そして大きく口を裂いた。

 

 「自ら早死にを選んだだけではないか!」

 

 確かにその通りだった。

 

 冷静に考えれば愚策だ。

 

 何の解決にもなっていない。

 

 時間を稼いだだけ。

 

 未来を先送りにしただけ。

 

 普通なら誰も選ばない。

 

 選べるはずがない。

 

 だが。

 

 「……ふっ」

 

 マヒロは笑った。

 

 静かに。

 

 そして力強く。

 

 「先程も申したでござろう?」

 

 その瞳は死んでいなかった。

 

 むしろ先程より鋭くなっている。

 

 「これで充分だと」

 

 「……何?」

 

 グリムフィッシャーが眉をひそめる。

 

 マヒロは刀を構えた。

 

 流れ続ける血など気にも留めない。

 

 「これは背水の陣」

 

 凛とした声が響く。

 

 「拙者の死力を尽くし、お主を討つ」

 

 刀身が微かに震える。

 

 それは恐怖ではない。

 

 闘志だった。

 

 「これしきの出血如きで、拙者は死にはせぬよ」

 

 「……マヒロ」

 

 思わず名前を呼ぶ。

 

 彼女は本気だった。

 

 毒も。

 

 出血も。

 

 命の危険も。

 

 全て理解した上で前へ進もうとしている。

 

 生き残るためではない。

 

 勝つために。

 

 その覚悟の重さが伝わってくる。

 

 そして自分も理解した。

 

 彼女の決意はもう揺らがない。

 

 止めても無駄だ。

 

 ならば――。

 

 「……奴を倒して止血」

 

 自分は静かに呟く。

 

 「毒を抜けば、まだ間に合う」

 

 「?」

 

 マヒロがこちらを見る。

 

 自分は深く息を吸った。

 

 方法は一つしかない。

 

 グリムフィッシャーを速攻で倒す。

 

 それ以外に二人とも生き残る道はない。

 

 業火剣では決定打にならない。

 

 だが水龍なら違う。

 

 実際に奴の腕を斬り落とした。

 

 ならば勝負を決める役はマヒロだ。

 

 自分はそのための道を作る。

 

 「業火の炎よ――」

 

 右手に魔力を集中させる。

 

 「鉄より堅き剣となり、我が元に顕現せよ!」

 

 赤黒い炎が渦を巻く。

 

 そして。

 

 「【業火剣《ヘルファード》】!」

 

 炎の大剣が再び姿を現した。

 

 熱気が周囲を包み込む。

 

 自分は両手で剣を握り締める。

 

 恐怖はある。

 

 だが迷いはない。

 

 「俺がお前を絶対に守る」

 

 真っ直ぐマヒロを見る。

 

 「だから――」

 

 業火剣を構えた。

 

 「トドメは任せたぞ、マヒロ!」

 

 背水の陣を敷いた少女と。

 

 その盾になると決めた少年。

 

 グリムフィッシャーを前にして、二人は並び立った。

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